THE JR Hokkaido 2000年4月号
イラスト 中舘侑子さん


〔ギョウジャニンニク〕

 四月、北海道の大地や海にもようやく本格的な春がきた。
 海では待ちかねた漁師たちが船を出す。
 海明けのオホーツクは毛ガニ。日本海はニシン。さらにカレイが旬を迎え、シラウオも捕れだす。海の幸は春爛漫だ。
 ところが大地ではそうはいかない。何せ種をまき、育て、それからが収穫。草がようやく芽生える春先にできる農作物はあまりない。
 しかし人間は大地からも春の恵みをちゃんと受けてきた。ふきのとう、たらの芽、ギョウジャニンニク、ハマボウフウ。いずれも人間が育てた、いわゆる野菜ではなく、野草、山菜のたぐいだ。
 中でも人気ナンバーワンがギョウジャニンニク。漢字では行者大蒜。山間を修行する行者が食べたからこんな名になったらしい。キトピロなどさまざまな名前で親しまれている。
 道民なら一度や二度はこれを探して山に入ったことがあるはずだ。ニンニクともネギともつかない強烈なにおい。それでいて一度口にすると病みつきになる不思議な魅力。魔力と言ってよい。
 ゆでて酢味噌を添える。塩味だけで炒める。天ぷら…。ジンギスカン鍋に放り込めば、これぞまさしく北海道の春そのもの。
 ただ残念なことに、豊富だったこの山の幸も、里に近い所はほとんど取り尽くされた。豊かな生育地は山の奥へ奥へと狭まっている。
 というのもこの植物、種から芽が出て食べごろの太さまで育つのに五年以上もかかるのだ。根を残して切り取ると、同じ太さに回復するのに三年くらいかかる。根こそぎ採ればそれまでだ。
 そこで最近は畑で栽培する農家が増えてきた。ただし種をまいて育てて出荷できるまでやはり五年。忍耐の作物だ。
 十勝の栽培農家を訪ねたとき、規則正しく植えられたあたり一面のギョウジャニンニクの壮大さに感動。さらに野草の野菜化といった農業の歴史のひとコマを見るようで、もう一つ別な感慨におそわれたものだった。   

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