北海道食材ものがたり 7 サケ・マス

道新TODAY 1998年7月号

 ガスレンジのグリルに入れたトキ(トキシラズ)の切り身がサケ独特の香りを発しながら静かに焼かれていく。生のトキと、塩トキ、そして塩ベニザケの3切れ。ひっくり返し、こんがり焼けたころを見計らってグリルから取り出した。網の下には脂がしたたり、いやが上にも食欲をそそる。

 生のトキには醤油を垂らす。身を箸でつまんで口に含むとと、濃厚な味が口の中いっぱいに広がった。ハラスの部分はもちろん、全体的に脂が回っている。塩トキは薄塩で同じく脂が乗った濃厚な味。大根おろしを用意していたが、そんなことを忘れるくらい、いくらでも食べられるたぐいのうまさだ。

 ベニとなるとちょっと趣が異なり、身の全体にしっかり塩が回っている。しっよっぱいな、というはじめの舌触りだったが、いつの間にか全部食べてしまった。これがベニザケの魅力なのかもしれない。もちろん脂は全般的に回っていて、身が引き締まっている。


市場に水揚げされたキングサーモン(下)とサケ(上)

 このサケはいずれも道東の釧路で1本ずつ買い込んできたもの。去年とれたベニザケを新巻に加工した塩ベニザケは1本4千円と値が張るが、ひところの高値からみれば半値程度。同じく去年とれた塩トキは2,400百円とお手ごろ価格。そして今とれたての生トキに至っては2キロ以上あって1本が980円という値段だ。

 安い、そしてうまい。サケといえば秋サケ、そしてアラスカから輸入されたベニザケを思い浮かべる昨今だが、それらとは比べものにならないほど味が濃厚。秋サケや輸入ベニザケは漁獲する時点で産卵が近いため、脂分が卵などに回され、魚体の脂は抜けてしまうが、サケ・マスは産卵までまだ間があるため、魚体に脂分がある。

 これらのサケは切り身にしてラップに包み冷凍庫で凍らせておけば、長期間保存できる。ずいぶん得な買い物をした気分なのだ。

濃霧は好漁場の証

 釧路を中心とした道東の太平洋沿岸の春は、太陽光線がサンサンと降り注ぐ明るい季節ではない。大粒の霧がたちこめる憂鬱な季節である。

 その原因をつくっているのが、沖を流れる寒流の親潮。冷たい海水で空気が冷やされ海上は霧一色。南風が吹くとその海霧が陸上に侵入してくる。ふつう南風は暖かいはずだが、道東沿岸では霧を伴う冷たい風。南風が吹いて各地の気温がどんどん上昇するとき、この地方ではそのエネルギーでクーラーでも回すかのように、冷えに冷える。

 しかし親潮というのはただ冷たいばかりではない。プランクトンがどこよりも豊富に含む豊かな流れなのだ。たちこめる霧は豊かな漁場の証でもある。そして霧の豊かさを象徴する魚が、この季節に水揚げされるサケ・マスだ。漢字で書けば鮭鱒。地元ではケイソンと呼んでいる。

消えた華やかさ

 かつてのサケ・マス漁では北海道の沿岸から北部太平洋、いわゆる北洋までの広い海域で、母船式から小型船まで様々な階層の漁船が操業していた。ところが国連海洋法会議で、サケ・マスなど川に上って産卵する魚を海でとる権利はその川を持つ国に優先権があるという母川国主義がはっきりし、日本の立場は弱いものとなり、サケ・マス漁は縮小に縮小を重ねることとなった。

 5月中旬、訪れた釧路港はかつての華やかさにはほど遠い、寂しい光景だった。以前なら連日小型漁船の水揚げが続いているころだが、サケ・マスの姿はない。

 5月1日に今年もサケ・マス漁船が道東の各港を出発している。しかし目指す漁場は北洋ではなく日本の200海里の範囲内。そして漁船は10d未満の小型船のみだった。

 かつて釧路港や花咲港(根室市)などの5月1日は、大漁旗をなびかせた中・小型漁船が一路サケ・マス漁場を目指し、岸壁は見送りの人々でごった返し、上空には取材の軽飛行機やヘリコプターが舞うという、メーデー会場よりにぎやかなものだった。そして水揚げが始まれば、さらに活気を増す。そんな光景が嘘のような釧路港の静けさだ。ロシアとの交渉が長引き、サケ・マス漁の中核をなす中型船、そして20d未満の小型船はいまだ出漁できずにいる。


近海でとれた生トキも水揚げ。量は少ない

大半はロシア系

 どうしてロシアとの交渉を経なければ、サケ・マス漁は操業できないのだろうか。サケ・マスは本当にロシアの川に上っているのだろうか。そんなことを研究をしているのが静岡県清水市にある水産庁遠洋水産研究所のさけます研究室だ。サケ・マスと一口に言っても、代表的なのがサケ、カラフトマス、ベニザケの3種、それにギンザケ、マスノスケなどが加わる。

 サケは春サケも秋サケも同じ種類だが、春サケはトキシラズ、縮めてトキと呼ばれている。語源は日本の川に帰る秋サケが時をまちがえて帰ってきたという意味。しかしトキの大部分はロシア系の魚だ。

「北海道の太平洋沿岸で春にとれるサケはほとんどアムール川を中心にロシアの川に帰るサケです。しかし北千島の沖でとれるサケには、日本の川に帰るサケが含まれている可能性がある。うろこで系統を割り出す調査が始まっているので、将来明らかになるはずです」

 と、さけます研究室の石田行正室長。ロシアとの民間交渉で操業条件を決めている北千島のサケに日本系が含まれているというのだ。日本の200海里内で操業するサケ・マス漁の条件も、ロシア系の魚をとっていることを理由に日ソ交渉で決めている。しかし北千島でロシア船がサケをとっても、日本に何ら相談はない。腑に落ちないところだ。

 日本の漁船がとっているベニザケはカムチャッカ半島に帰る資源が主体で全部ロシア系と考えられている。アラスカやカナダの資源は含まれていない可能性が強い。
 カラフトマスは日本の川を起源にした資源があるものの、サケ・マス漁でとれるのは文字通り樺太、今のサハリンを中心にした資源のようだ。

 こうしてみるとサケ・マスの大半ははやはりロシアが生まれ故郷の魚ということになる。それゆえにサケ・マス漁はソ連との交渉の歴史であり、国家間に金銭的な利害関係をもたらす実利的な交渉の歴史でもあった。現在、工業や農業分野などで外国との交渉が難航を重ねながら続けられているが、サケ・マス漁ではその何10年も前から、国家間の交渉を続けてきた。そして毎年その結果に一喜一憂し、命運を翻弄され続けてきたのがサケ・マス漁業者とその関連産業ということだ。

根強いサケ缶人気

 ニチロという会社は現在、冷凍食品など食品総合メーカーとなっているが、もともとは日魯漁業で、千島やカムチャッカのロシア漁場でサケ・マス、カニなどを漁獲し、加工して送り出した水産会社。70年以上の歴史を持つ。

 その釧路工場がサケ・マスが水揚げされる釧路副港の岸壁のすぐ近くにある。カラフトマスの水揚げが始まって間もない5月6日から、缶詰の生産が始まったという。

 ここで製造しているのは昔からサケ缶と呼んでいるカラフトマスの缶詰。以前はサケ缶で通用したが、サケとマスはちがうのではないかとのクレームが出るので缶の表面にカラフトマスと大きく表示している。

 でも本来はサケ・マスに区別はなく、カラフトマスは英語でピンクサーモンという。ベニザケにしても昔はベニマスという呼び名の方が一般的だったとか。いずれにしてもカラフトマスの缶詰はサケ缶と呼んでいいしマス缶と呼んでもいい。



 このサケ缶は水煮と竹の子入りの味付けなどをつくっているが、大渕忠弘工場長によれば、まだまだ中高年齢層を中心に根強い人気があり、需要は横ばい状態。11月ごろまでサケ缶を製造し、2千d弱を処理するという。これはサケ・マス漁でのカラフトマスの水揚げの半分以上に当たる数量。まだまだサケ缶は健在だ。

 新しい製品としてはカラフトマスのヒレを油で揚げた「さけひれチップス」の缶詰が好評だとか。いずれにしてもカラフトマスの缶詰を中心にすえるこの工場が、サケ・マス漁に大きく依存していることはまちがいない。

加工業者が小売店と食堂経営

 同じく水揚げ岸壁のすぐ近くにサケの加工では最大手といわれる丸ア阿部商店がある。主力は秋サケの新巻やイクラなどに移ってはいるが、春はやはりトキシラズだ。

 そしてこの会社では、工場の2階から加工現場を見学できるようにしたり、近くに直売店を設置し、買った魚をその場で炭火で焼いて食べる食堂も併設するなど、加工一辺倒からの脱却をはかっている。

「最初は観光客に来てもらおうと直売店を開いたんだが、方向転換して、今は地元市民に来てもらうような店にした。というのもこんなに卸値が下がっているのに地元の市場では安く売られていない。それならば相場に合った価格で地元の人々に買ってもらおうと、新聞広告などを出し始めたんです」と阿部新吉社長はいう。

 直売店での価格は時々の相場に応じた、いわば時価だが、上乗せする利益は極力抑えているので、価格面ではどこよりも安い。加工品については自分の冷蔵庫から持ち出すだけで仕入れのリスクなし。そして「鮭番屋」と名付けられたテント張りの食堂で味見することもできる。昨年は3億円の売り上げを見ているが、これからますます地元の人々に浸透していく勢いだ。

 水揚げの華やかさは失われたとはいえ、サケ・マスの味覚自体は何ら変わっていない。そして価格は下がり、私たちがより安く手に入れるルートもできはじめた。サケ・マスはその点で、華やかさを極めたかつてより、逆に身近な存在になってきているのかもしれない。           

(メモ)
 サケ・マスはサケ、ベニザケ、カラフトマス、ギンザケ、マスノスケなどの総称で、すべてサケ科に入る。サケとマスの区別は、分類学上は意味がない。
 サケは正式な和名だが、サケと名がつく他の魚と区別するためにシロザケと呼ばれることもある。川で卵からふ化し、少し川にとどまったあと海に出て、4年目前後に帰ってくる。ベニザケはふ化後に1〜2年間、湖で過ごすことが特徴。そのあと海に下りて2〜3年で帰ってくる。
 日本の湖は川との出入りが難しこともあり、日本を起源にするベニザケ資源はほとんどない。ただし海に出られずに一生を湖で過ごす陸封型のベニザケがいて、ヒメマス、チップなどと呼ばれている。
 マスノスケはサケ・マスではもっとも大きくなる種類で英語ではキングサーモン。ギンザケはサケ・マス漁で若干漁獲されるが、養殖物がたくさん出回っている。


良いものを 各地から