北海道食材ものがたり 6 ギョウジャニンニク

道新TODAY 1998年6月号


山菜の横綱

 春の野山は山菜の宝庫。中でも雪解けとともに顔を出すギョウジャニンニクは北海道を代表する山菜といえよう。ニンニクともニラともつかないあの味は、一度食べたら病みつきになる。

 札幌市中央卸売市場で山菜を担当する丸果札幌青果の伊藤新一課長は「ヒトビロはタラの芽とともに山菜の両横綱」だという。市場ではヒトビロという呼び名を使っているが、キトピロ、ヒトビルなど様々な名前を持つ。ギョウジャニンニクは日本語の学問的な名前(和名)であり、いわば共通語だ。

「需要は伸びています。それに、健康に良いという情報が伝わって、道内だけでない人気になっている。東京などの北海道料理店はもちろんですが、宅配便で知り合いに送ってやるとか、全国的な広がりを見せていますね」と伊藤さん。北海道が主な生産地であり、消費地であったギョウジャニンニクが、全国レベルにまで拡大し始めた。

ブームの張本人

 このブームを巻き起こした張本人といえば北海道東海大学教授の西村弘行さんということになる。ギョウジャニンニクの成分を独自に分析、その特徴と効用を明らかにして「行者ニンニクの凄い薬効」(朝日ソノラマ)「驚異の薬効とその秘密 ギョウジャニンニクと北の健康野草」(北海道新聞社)などの著書を次々に出版した。その内容は「まさに『健康野草の王様』といっても過言ではないでしょう」(「ギョウジャニンニクと北の健康野草」より)という言葉に集約される。

 西村さんとギョウジャニンニクとの出会いやその後の関わりが興味深い。名古屋大学大学院から北大農学部の助手として札幌に赴任したとき、叔父の知り合いだったアイヌ民族の研究で有名な故・更科源蔵氏を訪ねたことがあった。氏はアイヌ民族が食用としたある野草のことを話してくれた。西村さんは当時タマネギのにおいの成分などを研究しており、ネギ属の植物の知識には自信を持っていたが、まったく分からない。すぐに本で調べてギョウジャニンニクというものであることを知る。

大学祭でギョウジャニンニク入り餃子

 さっそく野幌の『原始林』などで採取し、それを材料に作ってみたのが、言葉にすれば舌をかみそうなギョウジャニンニク入りのぎょうざ。食通だった上司の教授に試食してもらったところ、太鼓判を押された。そこで6月の北大祭に5千個のぎょうざを用意、模擬店は大繁盛で近所の主婦が焼く前のぎょうざを買って帰るほどだった。

 西村さんが25歳のころの話である。その後も北大祭では毎年、農学部前にギョウジャニンニクぎょうざの模擬店が出された。10年前に北海道東海大学に転出してからもその伝統は受け継がれ、西村さんにまったく面識がない学生たちが「西村先生の…」という看板を掲げて売っているという。今年で29年にも及ぶ北大の伝統をつくった人物が、今度は全国的なギョウジャニンニクのブームをも生み出した。

 需要の拡大を反映してか、札幌中央卸売市場へのギョウジャニンニクの入荷は天然物と栽培物を合わせて増える傾向にある。まず正月があけた1月からハウス栽培物が入ってくる。こうした栽培物の入荷は天然物が道南から入ってくる3月下旬ごろまで続く。天然物に切り替わったあとは主産地が桜前線のようにだんだん北や東へ移動、入荷量のピークは4月中旬〜5月中旬となる。6月上旬ころに根室や厚岸あたりから入荷してギョウジャニンニクのシーズンは終了だ。

脚光浴びる栽培

 シーズンを通しての天然物と栽培物との量の比率は95対5程度でまだまだ天然物の方が圧倒的。しかし山の資源は目に見えて減っており、採取場所は奥へ奥へと深くなっているという。人気の拡大が採取に拍車をかけ、にわか山菜とりが増大し、資源の枯渇を招いている。

 そんな事情もあってギョウジャニンニクの栽培が最近特に脚光を浴びだした。今年の3月末に帯広市で開かれたギョウジャニンニクの栽培と利用に関するシンポジウムには350人が詰めかけたほど。十勝で開かれるこの種の集いは200人も集まれば大盛況で、これほど集まったのは異例だという。

 このシンポジウムでは北海道東海大学の西村教授が薬効と高度利用について講演、栽培について道立十勝農業試験場の日下孝人園芸科長が講演した。

 ギョウジャニンニクの栽培方法は一応確立している。方法としては山から天然の株を畑に持ってきて植える方法と、種から育てる方法(実生=みしょう)があり、天然の株を利用する方法は農家などで以前から行われてきた。

鉛筆の太さまでに5年

 日下科長によると、最初に実生の栽培試験をしたのは、農業試験場ではなく美唄市にある道立林業試験場だった。今から10数年前のことで、試験は成功し、報告書も出されている。その後北大農学部、十勝農試、足寄町のバイオ研究所などが栽培試験を開始し、栽培技術が広く行き渡るようになっていった。

 ネギ属の植物ということで、ネギ坊主と同じような花を付けゴマ粒大の種ができる。その種を地中にまいても、その年(1年目)に芽は出てこない。というより芽が出ても土の中にあるので地表に出てこない。

 2年目の春にようやく芽を地表に出すが、葉は1枚のみ。3年目になって葉が2枚以上となり、4年目になると茎が伸びて花が咲き種がつき始める。ただし株の太さはまだ食用には足りず、5年目以降にようやく鉛筆の太さくらいのギョウジャニンニクとなって収穫できる。

 長ネギのように白い部分を長く(軟白化)すると商品価値が高まるため、もみ殻などを土の上に敷いて育てる場合もある。

「栽培技術は確立しており、難しいものではない。ただ農家の作物としての課題はいろいろ残っている」と日下科長。凍上害の防止、雑草対策など数点が挙げられているが、その中でも最大の課題は、収穫までの長い年月を短縮できないかということ。露地栽培では今のところ、肥料のやり方で生長を促すくらいしか方法がない。

新栽培法を開発

 この栽培法の研究では、現在もっとも果敢にチャレンジしているのが、新得町にある(有)北海道バイオ技術研究所代表取締役の鈴木健司さんだといえよう。
 同社では「ケン・キトピロ」という商品名でギョウジャニンニクの錠剤や濃縮エキスといった健康食品、ギョウジャニンニクのキムチなど、ギョウジャニンニク製品を製造・販売する一方、新たな栽培法の開発を進めている。

 鈴木さんは生育期間を短縮させるため、まず水耕栽培に挑戦した。室内で温度などを調整し、四季を人工的に作って、1年を2年分にも3年分にも使い、できた苗を畑に植えて収穫しようという試みだ。しかし苗はできるものの、水で育ったために根が土になじんでくれない。そこで次に試したのが電光掲示板などで使われている発光ダイオードを使った栽培だ。

 白熱灯や蛍光灯などより電気代がかからず、放熱がほとんどないので温度管理もしやすいという特長がある。
 また試験の結果、特定の色の光が成長期に有効に働くといった成育過程によって様々な色の光が特別に作用するギョウジャニンニクの生理が解った。そんな結果を踏まえて「種から4年かかるところを22ヶ月で育てることができる」までになったという。この苗を畑に植えれば、2年は短縮できる。

 さらに畑での栽培の完全機械化や収穫の周年化など研究中のテーマは幅広い。


安田さんのギョウジャニンニク畑

 農家にもギョウジャニンニク栽培の動きは確実に広まっている。鈴木さんと交流がある新得町屈足の安田繁雄さんは栽培歴10年。はじめは山から株をとってきて植えたが、翌年からは実生でやり始めた。

「モグラにやられたこともあったし、ほかの仕事で水をやれずにハウス内のものを全滅させたこともあった」と安田さん。自宅裏の畑にはまだ葉1枚の2年目から、3年目、4年目、そして長ネギほどの太さに育ったものもまで植え付けられている。種類も様々で、はかま(葉の外側を包んでいる薄皮)が赤茶のものも白いものもある。さながら試験畑といった様相だ。ギョウジャニンニクには地域などによって様々な系統があり、形態、生育の早さなどがかなり違うという。

 そうしたことは十勝農試での栽培試験でも明らかになっており、同じ系統より違った系統を掛け合わせればより丈夫なものができるといった結果も出ている。


左と右とでは系統が違う

貯金感覚でハウス栽培

 安田さんのように独自で栽培方法を切り開いてきた人が道内各地に数多い。噴火湾に面する豊浦町の小島等さんもその一人。ハウスに温水式の加温装置を取り付け、今年の1月7日から出荷を始めた。

 50グラムの1パックが最初400円にもなり、その後300円、200円と下がっていったという。それでもトータルを計算すれば、ハウス園芸では破格の収入ということになる。これらは5年前に実生で作ったものだ。

「増やしておけば、いつかはカネになると思っていた。年数はかかるが、経費や手間があまりかからないからね」
 3年目あたりになると雑草にも負けず、移植も容易で手間がかからなくなる。貯金感覚で株を持っているという。株式の株も語源はきっとその辺にあるのだろう。

 こうした栽培が各地で行われているものの、生長が遅く、生産量をどんどん伸ばしていくという作物には今のところなっていない。その反面、天然物は急速に失われつつある。

 天然のものを根こそぎ採ることだけはさけて欲しいというのが、今回お会いしたギョウジャニンニクを愛する方々の共通した思いだった。根を残して切り取れば、2〜3年で同じような太さに復活する。アイヌ民族はもちろん古くから山菜採りをしている和人も、決して根絶やしなどしなかった。

「山でギョウジャニンニクをとったとき、周りに化成肥料をまいて来る人がいるんです」(十勝農試 日下科長)。そんな態度が今の私たちには求められているはずだ。


〔メモ〕
 ギョウジャニンニクはユリ科ネギ属の多年草。同じ属にタマネギ、ニンニク、ニラ、ラッキョウなどがある。
 名前の由来は「行者が食用にするニンニク」で北海道以外にも奈良県以北の高山に見られ、東アジア、シベリアからヨーロッパ、北アメリカ北部にも同種または似た種類の植物が分布しているとされる。
 西村弘行北海道東海大学教授によると、ギョウジャニンニクのにおいはニラとニンニクと漬物臭が合わさったもの。
 このにおい成分に癌や動脈硬化、脳梗塞などの生活習慣病(成人病)の予防や疲労回復など様々な薬効がある。
 ギョウジャニンニクを切ると酵素反応と化学反応によって臭気成分が生成されるが、この途中にビタミンB1があると臭気成分がつくられずに、疲労回復効果の高い物質をつくり出す。
  豚肉などビタミンB1を多く含んだ食材と組み合わせることで、消臭しながら薬効の高い料理ができることを西村教授は強調している。  


良いものを 各地から