北海道食材ものがたり21 ウニ
道新TODAY1999年9月号


積丹町はウニ種苗生産の先駆け

 北海道の夏の海はウニ漁の季節だ。朝、日本海沿いを車で走れば否応なくウニ漁の風景が飛び込んでくる。コンブ漁の風景とともに夏の浜の風物詩と言って良い。

 舟はたいていが一人乗り。箱めがねで海底を眺めながら、脚を使って櫂を動かし舟を巧みに操っている。ウニは長い棒の先に付いたタモ網ですくったり、ヤスで突いてとる。

 ただし全道的に見れば、ウニ漁は必ずしも夏とは限らない。噴火湾、日高、釧路、根室などでは冬から春にかけて行われている。また漁法もタモどりだけではなく、けた引き網という小型の底引き網でとったり、潜水器を使って海底に潜り、手でウニを拾い集める漁業もある。その潜水器も近代的なアクアラング、昔ながらのヘルメット付きの潜水具といろいろだ。夏のウニ漁が行われているのは主に日本海沿岸だ。

 7月中旬、積丹半島でもウニ漁の最盛期を迎えていた。中でも半島の先端部分に位置する積丹町は、海岸線が42`にも及び、ウニの漁場も広大だ。

 町内の2漁協合わせて約250隻が出漁し、ガゼまたはガンゼと呼ばれるエゾバフンウニとノナと呼ばれるキタムラサキウニとで合わせて3億円以上を水揚げする。この時期食堂はどこも「生ウニ丼」が売りもの。ウニは町の看板商品でもある。

「積丹町のウニの味は最高です」と町水産課の梶浦正寛さん。産地はどこも自分のところが一番だと言い張るものだが、ウニに対する思い入れ、力の入れようは道内で1、2を争うはずで、その現れの一つがウニの種苗生産施設だ。

 美国港のかたわらに町営の水産種苗生産センターがある。1983年(昭和58年)に建てられ、ウニの種苗生産施設としては北海道の先駆けだった。

 このセンターでは年間85万粒のエゾバフンウニの稚ウニを生産し、小樽市、余市町、古平町、積丹町の四市町にある5漁協に供給している。15_サイズで1個30円という値段だ。

ウニを育てる山の葉っぱ

 このセンターが先駆者たる理由は単に建設時期が早かっただけではない。先駆的な試みがいろいろ行われ、画期的技術も開発された。オオイタドリ(大虎杖)の葉を餌として与えるという奇想天外な養殖方法もその一つ。

「この施設ができる前から漁業者が海で天然採苗した稚ウニを、海中の籠の中に入れて育てていました。ウニは雑食性だということが分かっていたのでヨモギ、木の葉っぱ、バナナの皮なんかも試してみて、一番成長の良かったのがはイタドリの葉でした。農業試験場で成分分析してもらい、高蛋白で栄養価が高いことが判明しています」

 とセンターを管理している美国町漁協職員の佐藤憲章さん。オオイタドリは山だけでなく道路ぶちなどいたるところに自生しており、無尽蔵と言って良い。まさに画期的な発見だった。

 そこでこのセンターには冷凍庫が設置された。5〜6月に採取した柔らかいイタドリの葉を冷凍保存し、7月中ごろから翌年3月ごろまで与え、その後はウニ用に養殖しているコンブにバトンタッチしている。イタドリの葉は漁業者の奥さんたちが山に入って採取し、8`1箱で800円。貴重なアルバイト収入ももたらしている。

 ただしイタドリの葉は栄養的には申し分ないが、水面に浮き、丸まってしまうのが欠点。ウニは水槽の周囲をよじ登り、水面付近に集中してしまう。そこで沈むタイプのウニ用の配合飼料も併用し、ウニが上下にばらけて水槽を有効利用できるようにしているという。

 コンブは水中に漂い、ウニがそれにくっつくので、上から下まで水槽を有効利用できるが、この海域では夏以降コンブが枯れてしまう。そして生のコンブは冷凍保存が効かない。コンブとイタドリという海と山の産物を時期によって使い分けているわけだ。

全道では6千万粒を放流、金額では18億円!?

 このセンターが先駆けとなり、その後道内には同じような施設が次々に誕生した。道水産林務部によると知床半島から稚内までのオホーツク海沿岸を除いた全道の海域に25カ所ほどの種苗施設が設置され、そこでつくられた6千万粒のウニ(エゾバフンウニがほとんど)が放流されているという。

 ひと口に6千万粒と言ってもピンと来ないが、たとえば積丹町の場合の1粒30円。それで計算するば18億円という金額にのぼり、それらが毎年海にばらまかれている。

 ただしこの効果はなかなかはっきりと現れていないのが現実だ。日高のえりも町などで40%という高い回収率が判明しているものの、効果が実証されているのはほんのわずか。

 天然物と人工種苗との区別など調査自体がむずかしい上に、密漁など回収率を下げる要因もさまざま。しかしそれでもウニの人工種苗放流は地元漁業者の意志で続けられている。放流が途絶えれば、資源が危機的状態に陥るとも考えられるのだ。

キタムラサキウニが磯焼けの元凶か

 それとウニにとっての悪条件は日本海で大問題となっている磯焼け現象だ。磯焼けとはコンブなどの海藻が消え、石灰藻というモルタルのような海藻に岩が覆われてしまう現象で、海の砂漠化とも言われている。そんなところにウニを放流しても、成長し、卵巣や精巣であるウニの中身が十分発達するわけがない。

 ところが最近、そもそもウニ自身が磯焼けの元凶であるという研究結果が出てきた。コンブなどの海藻がないためにウニが育たないことは事実だが、ウニがいるからコンブなどが育たないという逆転した因果関係だ。エゾバフンウニよりキタムラサキウニの方が食欲旺盛で、しかも磯焼け地帯に多いことから、そのキタムラサキウニが元凶だとされる。

 試験的に海底でウニが侵入できないようなフェンスで場所を囲ってみた。すると石灰藻だらけだった海底にコンブなどの海藻が生い茂ったのである。石灰藻はそれほど勢力の強い海藻ではなく、コンブなどの胞子が着けば、ちゃんとそこに根を張り、成長する。ウニはコンブなどの海藻が芽を出して間もないところを食べ尽くし、「砂漠化」を招いていたことになる。

 しかし実験ではダイバーが何度も潜り、フェンス内のウニを見つけては外に運ばなければならなかった。完璧なフェンスを設置するのは不可能に近い。もし日本海からウニがすべて消えれば磯焼けが解消するはずだが、現実的にはあり得ない。

磯焼けと水流との関係

 そこで次に注目されたのが、同じ磯焼け地帯でも、ところどころにコンブなどの海藻が生えている場所があるという事実だ。水温や栄養などは周囲とあまりちがいがないと考えられ道立中央水試(余市町)では水流の速さについての研究を始めている。

 同水試水産工学室生態工学科の桑原久実科長によれば、水流がある程度の速さになるとウニが急に餌をとらなくなることがほかの研究機関によってすでに調べられている。

 桑原科長らは地形と季節の波浪などの諸条件を組み合わせて解析し、コンブなどの胞子が岩に付着して根を付ける最も大切な時期の水流の速さにちがいがあることが分かった。

 コンブなどなどが生えている場所はコンブなどの海藻が生え始める時期に水流が速く、ウニの食害に合っていないようなのだ。

「水流の速さは水深などで決まってくる。たとえば海底に構造物を入れて、その上部は春先まで水流が速くてウニが海藻を食べられない状態にします。水流が速くてもコンブなどの海藻は着く。ウニはそこを避けて下にいるしかない。

 夏には海が穏やかになり、ウニは構造物の上部まで上ってきてコンブなどを十分食べ、成長も身入りも良くなる。秋までにすっかり食べてしまえば、岩がきれいになり、翌年春にはコンブなどの海藻がさらに着きやすくなる。そんな構造物が考えられます」

 ウニを知ることによって磯焼け克服にも光明が射してきた、と言えようか。


〔メモ〕
 北海道でとれるのはエゾバフンウニとキタムラサキウニの2種。エゾバフンウニはガゼまたはガンゼなどと呼ばれており、卵巣と精巣はオレンジ色をしている。メスの卵巣やオスの精巣はほとんど同じ色であまり区別はつかず、両方ごちゃ混ぜにして出荷されることがほとんど。産卵期が近づくと、卵巣は赤っぽく、精巣は白っぽくなり溶けて流れ出す。
 ほぼ北海道沿岸全域で漁獲されており産卵期は日本海沿岸では9〜10月だが、日高から東の太平洋沿岸では6〜10月、オホーツク海沿岸では7〜9月、噴火湾では5〜7月と8〜10月の2回など地域によって差があり、漁期もちがっている。
 キタムラサキウニはノナと呼ばれ、卵巣や精巣は白っぽい。漁業が行われているのは日本海沿岸と津軽海峡、日高から西の太平洋沿岸。9〜10月に産卵するため、漁期はその前に設定されている。


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