北海道食材ものがたり 2  タコ
  道新TODAY1998年2月号


最北宗谷の大ダコ漁


 日本最北端の地、稚内市の宗谷岬は冷たい風がヒューヒュー音をたてて吹いていた。さすがに12月ともなると、その冷たさはコートを着たくらいでは我慢できず、あたりを散策する観光客など一人もいない。観光バスも停まっていたが、中から人が降りてくる気配はなかった。

 西から吹く季節風を岬の突端が遮ってくれる位置にあるのが大岬漁港である。風は弱まっているが、やはり冷たい。
 岸壁につながれた小型漁船のほとんどが20個ほどプラスチック製の樽を積んでいる。タコ樽流し漁の船である。この日は強風注意報が出されて、海上は西からの強い風にさらされていたが、それでもタコ漁船は何隻か出漁したという。

宗谷岬のミズダコ漁 世界最大のタコだ

 その船が1隻、また1隻と帰ってきた。まだ昼前なので、漁を途中で切り上げてきたらしい。船倉に入れていたタコをカギのついた棒で引っかけ、岸壁に放り投げてくる。それらは計量されてトラックへ。荷台の中で液体のように詰め込まれてたタコはちょっとグロテスクだ。

 このあたりで獲れるタコは学問的な名前(和名)がミズダコ、通称大ダコである。世界で一番大きくなる種類とされている。道立稚内水産試験場漁業資源部管理科の三橋正基科長によれば、体重30`のミズダコを自分で確認しているという。30`といえば子どもの体重ほどだが、さらに40`にもなるミズダコも獲れるらしい。

 大岬地区を含めた宗谷岬一帯の漁業者が属する宗谷漁協はタコの漁協として有名である。約360人いる組合員の大部分がタコ漁をしており、年間2,500dほどの水揚げだ。
 農水省の平成8年の統計によれば、タコは全道的に水揚げされ、北海道全体では22,000d前後。宗谷漁協はそのうちの1割以上を占めることになり、群を抜く。

 全国では5万dほど獲れているが、県単位でも宗谷漁協をしのぐところはなく、2千d台に乗せているのは兵庫県1県だけ。ただしモロッコ、モーリタニア、カナリア諸島などアフリカの大西洋岸を中心に約10万dが輸入されているので、国内シェアは1.5%程度になってしまう。
 ともあれ宗谷岬周辺は日本で一番タコが獲れ、しかもそのタコは世界で一番大きくなる種類ということだ。

 ここでは樽流しという漁法が一般的。樽から一本の糸を垂らし、糸の先には針のついた独特な形の仕掛けを付ける。海に浮かぶ樽が波で揺れると、海底にある仕掛けも生きているように動き、タコをおびき寄せる。


樽流し漁の仕掛け

 仕掛けにはタラの肉などがくくり付けられており、この餌にタコが食らいつけば、鋭い針に捕まってしまう。逃げようとすれば糸がピンと張って、海上の樽がコロリと倒れたり、海中に引っ張られたりする。樽が釣りで使う浮きの役目をするわけだ。
 こうした樽を船のまわりに20個ほど浮かせて監視し、樽に動きがあれば、その樽のところまで船を走らせ、仕掛けを引き揚げる。

 タコはふだん海底で縄張りをつくって生きていることがよく知られている。縄張り内の餌をとって生活し、同業者(タコ)が侵入すればけんかしてでも追っ払う。この縄張り内に樽流しの仕掛けを入れるため、樽は船のまわりに広く分散させる。タコの習性をうまく利用した漁法である。

 三橋科長によれば、タコの漁法にはほかに、空(から)釣り縄漁業、箱漁業、いさり流し漁業、かぎどりなどがある。
 空釣り縄とは、餌を付けない針を海底にずらりと縄のれんのように垂らす延縄(はえなわ)漁業で、これはタコたちが交接期を迎えて大移動をするときに引っかける漁法だ。ふだんは独身で一人一人がアパートで暮らしているが、年ごろになってナンパするため(されるため)に盛り場に繰り出したところに、キャッチセールスのようなワナを仕掛ける。

 タコ箱漁は、岩場の穴などをねぐらとする習性を利用し、海底に箱を置いて、その中に入ったところを引き揚げてしまう。かぎどりは磯に小舟を出して、岩場の穴にいるタコを見つけて、カギのついた棒を使い、タコを強引に引き出してしまう漁法だ。タコは貝などの餌を食べたあと、貝殻などの「ゴミ」を穴の外に出しておくので、その穴にカギを突っ込むことになる。

 留萌管内小平町の鬼鹿漁港で多くのタコ箱を見つけたので、小平漁協タコ部会長の森栄市さんに聞いてみた。
 現在木製の箱とプラスチックの箱を使っており、木製は三年程度しか保たないためにプラスッチックの方が経済的には得。ただ木箱の方がよく入る場合もあって、一本の縄に、プラスチック製と木製の両方を混在させているとのこと。

 森さんはタコ箱専業のため、3千もの箱を海に入れている。50箱を付けた縄が1単位で、それを1日10数本引き揚げる。タコが入っていたら出入りする丸い穴の反対側にある小さな穴に棒を突っ込んでタコを箱から追い出して捕獲。3千個の箱は綱にして60本だから、全部の箱を引き揚げるには4日ほどかかる計算だ。

 カレイ刺し網などは網の経費が大きく、トドにやられて1日で網をダメにしてしまうこともあるが、タコ箱はその点では経費があまりかからず、安定しているという。
 小平漁協で水揚げナンバー1はホタテ貝で、稚貝で販売する分を含めて6億7千万円ほど。その次にタコが来るが、額は1億円程度で新興のホタテ漁業に大きな差をつけられている。

 こうした事情はタコの最大の産地、宗谷漁協でも同様だ。全体でおよそ50億の水揚げがあり、そのうちホタテ貝の水揚げが25億円、タコはナンバー2だが、10億円である。
 ホタテ貝の地まき増殖が成功して、組合員の所得はグングン上昇していった反面、タコの地位は相対的に低下した。しかしタコは年間2千dを下回ることはなく、組合員のほとんどがかかわっているという点でも重要だ。

 宗谷漁協本所の向かいにある加工場の壁にはホタテ製品とともに、酢だこ、煮ダコ、たこしゃぶといった製品名が書かれている。この工場は年間を通してタコの加工だけをしており、同漁協の稲田豊参事によれば、全国的に見てこれほどの大きさの加工場がタコだけで稼働している例はないだろうという。

 酢だこは総生産量の約3分の2にのぼり東京方面に出荷、3分の1ほどを占める煮ダコはその9割が札幌市場に送られている。北海道は刺身用の煮ダコ、本州は真っ赤に色づけされた酢ダコが流通の主役だ。
 最近すっかり稚内の名物となったたこしゃぶの生産量自体はそれほど多くなく、ほとんどギフト業者に納められている。


元祖たこしゃぶ


 タコはイカに比べても意外なほど用途は限られている。煮ダコ、酢ダコ、あとはタコ焼きくらいなものだ。そこに登場したのが薄く切った生のタコをジャブシャブにして食べる方法だった。それはいつ、だれが考え出したのだろうか。

 稚内市内では宗谷漁協を含めて数社がたこしゃぶを生産しているというが、その中で「元祖」とうたっているのが、宗谷観光物産協会が販売しているたこしゃぶである。協会の川村陽専務に聞いてみた。


元祖を名のる物産協会のたこしゃぶ

 この協会は宗谷管内のメーカーを構成員にして、地場産品の新興を目的に設立された。10年前の昭和62年、建設会社と漬物工場を経営する矢部昭市さん(故人)がこの協会の専務を務めていた。食べることが好きで研究熱心、稚内名産のタコがなぜボイルしたものだけなのか、と疑問に思い、生をすしネタに使えないかと、チャレンジしたという。しかしグニャグニャしていてなかなか難しい。しかしこのネタをシャブシャブにすれば軟らかくておいしい。

 そこでひらめいたのが肉のシャブシャブ。生なら薄く切るのは難しいが、冷凍すれば機械で簡単にスライスできる。
 昭和62年12月に協会がメイン商品として販売を開始。翌年に全国水産加工たべもの展に出品し、水産庁長官賞を受賞、これで人気に火がついた。その後ほかの工場でも製造をはじめ、たこしゃぶが稚内の名物として定着していった。

 この〃たこしゃぶ誕生物語〃にアイデアを提供したと思われるのが、後志は島牧村の高島旅館である。この旅館では特別料理として生きたタコを使ったシャブシャブを出しており、そのことがNHKの道内番組で取り上げられたことがあった。
 私も宿泊し、調理現場を拝見したがグニャグニャしたタコの足を薄切りにするのは、見事というほかない。これを日本酒だけ入れた鍋につけて食べるのは、まさに絶品だった。

 ただし生きているタコをどこでも用意できるわけがなく、この料理はほとんど普及していない。これを冷凍スライスというアイデアで稚内名物にまで仕上げたのが矢部さんだと私は思うのだ。

 このたこしゃぶはその後、道内各地に飛び火しており、そのうち最も力が入っているのが函館市の隣の戸井町だ。タコのキャラクター「トーパスちゃん」が町のシンボルになっているほどタコに入れ込んでいる。
 北海道最南端という点では福島町の白神岬にかなわないが、戸井町内の汐首岬は、本州との最短距離にあり、サハリンと最短距離にある宗谷岬と似ていなくもない。

 平成元年に町内に特産品開発推進協議会ができて、稚内のたこしゃぶを参考にタコのシャブシャブ「ひっぱりだこ」を地元のマルカ水産が製品化した。


戸井町の「ひっぱ りだこ」
 ほかにはタコの頭を素干しして切っただけの「かみおくん」なる製品があり、これは町内の幼稚園や小中学校の給食で月に1回出され「かみかみ運動」を展開中。素朴な味で、するめほど堅くなく、なかなかおいしい。市販はしていないが、こういうものが今後見直され、注目されるのではないのだろうか。

 タコにはまだまだ可能性が残されている。たこしゃぶに続く名物は何になるのだろう。 


(メモ〕
 タコ類は世界中に広く分布し、日本の近海では55種類が発見されており、 まだまだ名前がついてないタコが生息している可能性がある。
 北海道ではミズダコとヤナギダコが漁獲の対象で、ミズダコは全道的だがヤ ナギダコは釧路、根室などで多く漁獲されている。
 タコには心臓が3つある。ひとつは全身に血液を送る普通の心臓で、あとの 2つは鰓(えら)の中の血液を循環させるもの。 ターボチャージャー付きの心肺 機能といったところか。
 魚などの血液は赤いが、タコは青い。これは赤い血液が酸素を運ぶ媒介として鉄を使っているのに対して、銅を使っているため。
 タコは目玉よりちょっと大きな穴さえあれば、スルリと体を抜けることがで きる。 そのため生きたままで管理するのはかなり難しい。 稚内水試の三橋科長も 、タコを入れていたカゴの取っての穴から逃げられたことがある。


良いものを 各地から