北海道食材ものがたり18 毛ガニ
道新TODAY1999年6月号


海明けで始まる毛ガニ漁

 真っ白な氷の平原が海岸に押し寄せては沖合に遠ざかるという繰り返しだったオホーツク海沿岸にようやく春がやってきた。海明けである。港に引き揚げられていた漁船が海に降ろされ、いよいよ漁が再開される。

 この海明けと同時に始まるのが毛ガニの籠漁だ。四月中旬に訪れた枝幸町(宗谷管内)の山臼漁港でも毛ガニの水揚げが始まっていた。

 朝8時過ぎになると漁船が1隻また1隻と帰ってくる。船倉から毛ガニの入ったプラスチック籠を引き揚げ、漁協の荷さばき場に運ぶ。

 水揚げ作業はすぐ終わり、次は翌日に使う餌の準備だ。カニ籠漁では餌を入れた容器を籠の中にぶら下げてカニをおびき寄せる。餌につられて周囲から集まってきたカニは籠の斜面を登り、山頂部にポッカリ開いた穴から転落する。するともう出られない。

 その餌に使われるのは冷凍魚。キュウリウオが多いようだが、イカを使っている船もある。15`の固まりでキュウリウオなら2、3千円だがイカは1万円近くもするというので、いくら毛ガニと引き換えだといっても贅沢なものだ。

横ばいの移動は速いらしい

 冷凍魚の固まりをハンマーでたたいて粉々にしたあとで容器に入るように包丁などを使って切っていく。イカは輪切りにし、キュウリウオにはたくさん切れ目を入れて、魚の味が周囲に流れ出すように工夫している。

 海明けだからといって流氷が完全に消え去ったわけではなく、沖合にはまだ残っていた。

「きょうは氷の中の操業だった。密度は薄いが、とけてバラバラになった氷が沖にある。紋別や網走沖にはまだ氷の本体が残っている」

 と第28成安丸の伊藤章英船頭。10年以上前になるが、私は伊藤さんに頼んでカニ漁の乗船取材をしたことがあった。深夜の2時ごろ出漁し、漁場に着いたら籠を引き揚げては、カニやヒトデなど中に入っている生き物を甲板上にあけ、餌を交換してまた海底に籠を戻していく。

 毛ガニは甲羅の長さを測り、メスの全部とオスでも8a未満のものは海に戻してやる。北海道海面漁業調整規則でメスと甲長8a未満のオスは漁獲してはならない決まりになっている。漁獲だけでなく所持・販売まで禁止されている。

「漁はきのうの半分だった。氷が来たので水温が下がったようだ。毛ガニも動くなると移動は速い」

 毛ガニの漁場は水深100b前後にもなる。流氷が押し寄せたり引いて行ったりするのは風の力によるもので、その風で海流も起こり、それが海底の水の動きにも影響し、カニを移動させているらしい。海の中は微妙なものだ。

毛ガニの町

 枝幸の毛ガニは型が良く選別もしっかりしているので評価は高い。もともとオホーツク海沿岸の中でもここは特に毛ガニ資源に恵まれており、それだけ品質の高い毛ガニを出荷することができる。

 ただしこの毛ガニを買っていくのは隣の雄武町(網走管内)の業者もいて、雄武産で流通している可能性もある。山臼漁港は雄武町との境に近いところにあるので、どっちでもいいのかもしれないが。

 枝幸町は毛ガニの水揚げで全道一を誇り、今年で32回を数える「枝幸かにまつり」の開催地でもある。

 道の統計によれば、1997年の毛ガニの水揚げは全道で2,786d。市町村別では枝幸町が397dで全道の14%を占め、2位の広尾町(十勝管内)が331d、稚内市が312d、雄武町が256dと続く。稚内から知床半島までのオホーツク海沿岸が毛ガニの大産地で、全道の7割以上を水揚げしている。そのうちでも枝幸町あたりが中心地ということになる。

 伝統の「枝幸かにまつり」は昨年から時期が早まった。それまでは7月初めだったのが、5月の最終土・日曜日に変更された。毛ガニ漁は海明けと同時に始まり、決められた量をとってしまうと終了となる。7月には漁がほぼ終わり、カニの確保に苦労していたという事情があった。また6月では札幌のよさこいソーラン祭りにぶつかるので、5月になったという。

まつりの人出は2万人

 かつて道内ではカニのイベントが3カ所で開かれ「3大カニまつり」と呼ばれていた。ところが12月に開かれる広尾町の「十勝港かにまつり」は一時期毛ガニが不漁のため中断、復活はしたものの名称は「ひろお海鮮山鮮まんぷく祭り」となってカニの文字が消え去った。

 9月に開かれている「根室かに祭り」は毛ガニではなく花咲ガニだ。結局、純粋な毛ガニのイベントは枝幸町だけになってしまった。

 北緯45度線が通るこの町で5月はまだまだ寒い季節だ。それでも毛ガニにひかれて客が集まり、昨年は人口8500人の町で2万人が参加。6〜7百台入る駐車場は満杯状態が続いた。時期は変わっても、人気は衰えなかった。

「近隣市町村でこれだけ人が集まる催しはほかにないと思います。時期が変わったことを知らせるPRが行き届いたか心配でしたが、たくさん来ていただきました。駐車場をこれ以上広くできないので困っているくらいです」

 と枝幸町水産商工課課長補佐の朝倉克美さん。メインイベントは毛ガニの早食い競争。あらかじめ計量したゆでガニを2分間でどれだけ食べて減らせるかを競うゲームだ。ほかに1等で毛ガニが一気に30パイも当たる抽選会などがある。

漁獲許容量制は30年も前から

 広尾町のまつりは不漁で中断、根室の花咲ガニも根室半島周辺の花咲ガニ資源が低水準で、量の確保はロシアからの輸入頼みになっている。全道的にカニ資源が低水準な中で、枝幸町などオホーツク海の産地は比較的安定した水揚げを保ってきた。この要因は長年続けられている許容漁獲量制度にあるとされる。

 この制度は30年以上も前の1968年から始まり、現地では当初からノルマ制と呼ばれてきた。しかしロシア語の「ノルマ」は必ず達成しなければならない仕事量であり、それ以下の漁獲にしようという許容量とは意味が違う。

 まったくの誤用で行政などは使っていないが、それでも現地でまだまだ使われているところに、この制度の定着ぶりがうかがい知れるところだ。

 考え方はいま世界の漁業で導入が始まったTAC(漁獲可能量)と同じだ。国連海洋法条約によっていわゆる二百カイリ水域が設定されると同時に、その水域ではTACを設定しなければならなくなった。日本では一昨年から始まり、サンマ、スケソウダラ、マアジ、マイワシ、サバ類、スルメイカ、ズワイガニで資源量に見合った漁獲量の上限を定めている。

 同じような制度が30年以上も前にオホーツク海の毛ガニ漁で始まっていた。稚内と網走の道立試験場で調査したデータと漁業者が調査したデータなどをつき合わせて毎年オホーツク沿岸全体の許容漁獲量が決められ、それを各漁協別に割り当てきた。

漁獲できるのはおおむね5歳以上のオスのみ

「1ヶ月に2回、全船が場所を決めて資源の調査をしている」

 と伊藤さん。こうしたさまざまなデータを試験場に集め、オホーツク海沿岸にいる毛ガニの尾数を推定している。

「許容漁獲量の制度は漁業者にも理解されていて、オホーツク海では完全に定着している」と網走水試で毛ガニを担当する管理科長の今井義弘さんはいう。

 全道の毛ガニ資源の動向を見れば、どこも低水準に泣いている。カニ飯の駅弁で知られる長万部がある噴火湾や登別を中心とした胆振海域での漁獲はピーク時の2割程度。広尾など十勝地方ではピーク時の10分の1に過ぎない。

 オホーツク海では1955年に現在の10倍に当たる2万8千dもとれたことがあったが、これはタラバガニに代わる缶詰原料として乱獲されたため。枝幸町にも缶詰工場が二つあったという。その後資源の落ち込みを防ぐために許容量制度が取り入れられ、そのころに「枝幸かにまつり」も始まった。

 毛ガニは大きく育つまで長い年月を必要とする生物だ。卵からかえったあと、浮遊幼生の期間を経て海底に降り、稚ガニとなる。その後は脱皮によって成長し、おおむね1年目は5回、2年目は3回、その後は年に1回ずつ脱皮するが、満五歳以降になると2年以上経って1回しか脱皮しなくなる。その満5歳というのがオスでは甲長8a以上にあたる。

 枝幸では甲長8a以上を小、9a以上を中、10a以上を大と区別しているが、大になるのは満7〜8歳と考えられている。それだけの年月が必要なのだ。

メスは保護されているが…

 ところで毛ガニはオスだけをとってメスをとらない規制をしている。これではメスだけの海になってしまわないか。伊藤さんの前の船頭で枝幸漁協のカニ籠漁船の船団長も務めた佐藤正一さんに聞くと、籠にメスはほとんど入ってこないという。

「正確な数字は分からないが、感覚的にはメスはオスの百分の一、いや何百分の一だ」

 それでは生まれてくる雌雄の比がちがうのだろうか。

 網走水試の佐々木潤研究員によると、雌雄の発生は一対一。ただオスとメスとではいる場所がちがい、住み分けているらしい。メスは卵をもつと極端に成長が遅くなる。メスをとりだしたら、歯止めが効かないことにもなり、資源の悪化を招くという。

 資源の維持はできつつあるものの、生態で解明すべきことはまだまだ多い。

トラブルまねくロシア船

 それに資源の点でも心配事が持ち上がってきた。ロシアとの競合で、その端的な例として最近ロシア船によるとみられる漁具の盗難が稚内から枝幸沖にかけて相次いでいる。山臼漁港を基地とする船も海に設置した籠をひとそろい持っていかれた。漁協の監視レーダーに船の航跡が記録されており、日本に輸出しているロシア船が、漁具と中の毛ガニを引き揚げているらしい。

 ロシアと日本の漁業者は同じ系統の毛ガニをとっていると考えられている。片方だけが規制しても効果は薄い。両国が協議し、かつてノルマの国だったロシアにも許容漁獲量の意識と制度が根付いていかないと、これまで長年守ってきた毛ガニ資源将来は危うい。       


〔メモ〕
 道内でとれるカニ類は生態の違いから二つのグループに分けられる。毛ガニやズワイガニなどは正真正銘のカニで、花咲ガニとタラバガニなどはヤドカリの仲間という分け方だ。外見上、ハサミが付いた脚も含めて毛ガニなどが5対あるのに対し、花咲ガニなどは4対しかない。

 学問的には甲殻綱のエビ目(または十脚目)の中でエビの仲間の長尾類、カニの仲間の短尾類、ヤドカリの仲間の異尾類というグループ分けをする。外見上8対しか脚がないカニも、一対の脚が退化して目立たないだけで、5対10脚あることに変わりない。

 1997年の全道統計では、毛ガニが2,786d、ズワイガニが2,903d、タラバガニが508d、花咲ガニが191dという水揚げ量だが、金額では毛ガニが約75億円と、2位のズワイガニの約14億円を圧倒している。   


良いものを 各地から