北海道食材ものがたり15 キャベツ
道新TODAY1999年3月号


道北の町から真冬にキャベツが

 北海道の冬野菜といえばジャガイモとタマネギ。冬期間の貯蔵性に優れているので、産地の倉庫に保管され、秋から春にかけて全国に向けて出荷されている。

 その一方で、白菜やほうれん草などのいわゆる葉ものは、冬の間、道外産地に頼らなければならない。氷点下まで冷え込む道内にあっては、露地栽培はもちろん、ハウス栽培も燃料代などコストの面から難しい。

 そんな環境にあって、ひとり気を吐いているのが道産キャベツだ。真冬でも毎日出荷されている。それも気候の穏やかな道南ではなく、雪深く冷え込みも厳しい道北の町からだ。夏は短く冬は長くて雪深いという土地条件が、ヘルシーでおいしいキャベツを生みだしているのだから、世の中何が幸いするかわからない。

 上川管内の和寒町は塩狩峠がある町だ。塩狩とは石狩と天塩の境という意味で、石狩川水系と天塩川水系の分水嶺に当たる。この町は天塩川の最上流に位置する農業の町。米作主体だが、減反が始まってからは、カボチャの作付けが広まり、市町村単位では全国一の産地として知られている。そしてもうひとつの名産品が冬のキャベツだ。

雪の畑から掘り出す

 朝9時過ぎ、大瀬忠勇(ただお)さん、あつ子さん夫婦と息子の正嗣さんがキャベツの出荷作業を始めた。自宅近くの道路わきがその現場。一面雪に覆われた真っ白な平原のその下に、キャベツが眠っている。まずスコップで雪を掘り起こす。

 パワーショベルを使う農家も多くなってはいるが、大瀬さんはまだ手作業。人力で掘り起こしていくが、なにせ場所が悪い。ロータリー除雪車が道路の雪をどんどん吹き出すので道路わき一帯は盛り上がり、しかも固く締まっている。想像していた以上の重労働だ。

 正嗣さんが雪を掘り返す後ろから忠勇さんがさらにスコップで除雪すると、底に緑色が見え始める。手で探ってキャベツを取りだした。2`以上もある大きなキャベツだ。

 あつ子さんもロータリー除雪車の雪が積もらないところで独自にスコップを振るい、1メートルの雪をかきだしてキャベツをひとつひとつ取り出していく。この日は割合穏やかな天気だったが、気温はかなり下がっている。

 カメラを持つ素手がすぐにかじかんでくる。気温がさらに下がれば、雪中から取り出されたキャベツは表面がガチガチに凍りつくという。さすが北緯44度、道北の町である。

 キャベツを積み込むのは中古の稲作用コンバインを改造したもの。JA和寒町で製作しており、キャベツ農家の必需品だ。この運搬車で雪の畑から倉庫に運び、表面の葉をはがしてきれいにし、重量を量って10キロ入りの袋に詰めて翌日に出荷する。その際、ストーブを使っての温度管理は欠かせない。油断するとキャベツが芯まで凍ってダメになってしまう。

偶然生まれた雪中キャベツ

 そこまで厳しい気象条件なのに、どうして雪の中でキャベツは凍りもせずに保存されているのか。厚い雪の層が断熱効果を持ち、外気の影響を遮断しているという一応の説明はつく。でも和寒町の冬キャベツはそんな理論から生まれたのではなく偶然の産物だった。

 1970年(昭和45年)ごろのことだ。その秋、キャベツが暴落、和寒町の農家は出荷する気にもなれず、キャベツを畑に放置しているうちに雪の中に埋もれてしまった。ところが翌年の春、雪の下から現れたのは腐ったキャベツではなく青々としたみずみずしいキャベツだった。11月にできたキャベツがその後5ヶ月以上もほぼ同じ状態を保ったことになる。まさにキャベツの冬眠だ。

 しかも食べてみるとこれが秋よりも甘みを増していておいしい。試しに市場に出荷してみると、地場産キャベツの出現に驚かれ、味にまた驚かれ絶賛された。そのうえ品薄だったために高値を呼んだ。おりしも水田の減反政策が始まろうとしていたころで、休耕田を利用してのキャベツの生産が本格的に始まることとなった。

 どうも土と雪の間にはキャベツが凍らずに長期間みずみずしさを保つ温度と湿度、空間など最適な条件が形作られているらしい。

 野菜を土の中に埋めたり専用の室をつくって保存する方法は昔から行われてきた。しかしそれでは貯蔵する量は限られてしまう。畑に放置できることが大量出荷を可能とした。和寒町では生産されるキャベツの半分をこの冬キャベツが占めている。

 最近雪を利用した米などの貯蔵が注目され、倉庫の建設も始まっているが、単純かつ低コストという点で、このキャベツの右に出るものはない。

低農薬などいいことずくめ

 和寒のキャベツの特徴はそれだけにとどまらない。キャベツ栽培では虫の害が付いて回るため、農薬による防除を何度もくり返さなくてはならない。しかし大瀬さんの場合、防除はたった3回、多い年でも4回だという。冷涼な気候が虫の発生を抑えているらしく、防除回数が少ないのは町内全体に共通している。

 作物栽培には不利なはずの冷涼な気候が、農薬をあまり必要としないキャベツを作り出し、降雪が早くて多く根雪の期間が長いという生活には不利なはずの気候がキャベツの長期保存を可能にした。偶然の産物とはいえ、生まれ出た価値は途方もなく大きい。

農家経営を下支え

「キャベツをつくって20年以上になるけれども、こんな良い年は初めてだ」

 と大瀬さんはいう。値段が高騰しているのだ。それに昨年はキャベツの出来も良かった。毎年50eほど作付けしているが、例年なら10eあたり6d収穫し、10`の平均単価が4百円で反収(10eあたりの生産額)が24万円といったところだが、今年は8dとれて価格は今のところ平均千円以上。10eあたりでは80万円以上という計算になる。

「でも米の値段が下がったので…」と大瀬さん。水田7.5f、カボチャ2f、ほかにキャベツ、大豆、小豆といった経営で、収入のメインはやはり米作。キャベツのもうけでパワーショベルの導入を、とすぐには結びつかないところがつらい。

 それでも米価が下がり続ける現状にあって、今年のキャベツは経営に大きく貢献してしている。

「みんな風邪ひいているんです。それでも休まずに出荷しなければならいのがつらい」

 と話すあつ子さんの顔も明るかった。

 キャベツの高値は昨年北海道で一時期に好天が続いたこと、本州方面では秋の台風被害があったことなどがもたらしたとされている。

 北海道では市場に切れ目なく供給するため、産地が時期を少しずつずらしながら植え付けていく。ところが一時の好天続きで成長が早まり、出荷が前倒しされて各産地からどっと出荷された。当然そのあとは品薄になった。さらに道外では秋の台風で生育途中のキャベツが被害を受け、初冬のキャベツの出荷が激減した。

 札幌市中央卸売市場の月別統計にその結果がはっきり現れている。昨年9月まではキャベツの平均価格は昨年を下回っていたが、10月には急上昇し、前年同月比145%、11月には同209%、12月には同280%にまで高騰した。昨年は安値だったというが、その3倍近い値段である。

安定供給に貢献

 冬期間に出荷すべきキャベツが前倒しされて年内にどんどん出荷された。

「いつもは1月から5月初めにかけて出荷する冬駒という品種のキャベツは1800dくらいあるのですが、そのうち200dを前倒しして12月に出荷しました。ここ数年の値段は平均で10`670円ですが、それが最高で2600円にもなりました。年が明けても平均千円を保っています。でも過去には10`で50円、100円という時もあったんですから…」

 とJA和寒町特産課の佐々木広行課長はいう。

 札幌市場では12月に道外産地から前年の半分以下しか入荷しなかった。その代わりに道内ものが前年の2倍以上入荷して、結果的に総量を前年の8割以上の水準まで持ち直すことができた。

「道内ものがないと大変なことになるところでした」と丸果札幌青果の鈴木謙二さん。

 冬に入荷するキャベツは市場の呼び名で寒玉と金系に分類できる。寒玉は和寒産を代表とする冬キャベツで巻きがしっかりしていて硬い。主に漬物用など加工に向けられている。一方道外産の金系は春キャベツで青々していて柔らかく、スーパーなど小売店で店頭販売されている。こうした区分はあるがそこは同じキャベツ。金系の入荷半減で過熱した相場を寒玉が冷やした格好だ。

納得できない価格

 さてここまで取材してきていまひとつ納得できないことが出てきた。冬キャベツの価格である。札幌市場の12月の平均価格は道外産が`平均198円、ところが相場の過熱を冷やした道内産が125円なのだ。
 この傾向は1月に入っても同じで道外産が230円もしているのに道内産は130円程度。道内産は道外産の6割程度にしかなっていない。これは価格のレベルこそちがうが毎年共通した傾向だ。

「東京では寒玉が品薄なので金系と同じか逆に高いほどなんです。寒玉は表面の葉をとって出荷するので全部使えますが、金系はそうではない。実際使う場合の歩留まりは寒玉の方がずっといい。味も甘みがあって寒玉の方がおいしいんですが…」

 と鈴木さんも言うのだ。確かに普通のキャベツが1玉1`強なのに2`もあると一般家庭では使いにくい。2分の1、4分の1のカットで買わざるを得ない。しかし価格と歩留まりで計算すれば、和寒産などの道内産寒玉が2倍お得ということになる。しかも硬いが味は上と来ている。

 もっと価格がとれていいはずだ。雪の中での奮闘を見てきたあとでは特にそんな思いがつのるのだ。   


〔メモ〕
 キャベツの全国生産量は97年で150万d。そのうち北海道は9万5千dと6%強を占めるに過ぎないが、労働力不足で都府県の生産が減る一方、道内では90年代に入ってから作付けを増やしつつある。
 道内で一番作付け面積が多いのは伊達市で180f、そのあとに100f前後で旭川市、空知の南幌町、上川の上富良野町、美瑛町、和寒町、十勝の鹿追町、幕別町、桧山の厚沢部町が続く。特に鹿追町では近年急激に作付けを増やしてきた。
 品種はだいたい3種類に大別される。グリーンボールはボールのようなまん丸い形が特徴で、極早生種。南幌町などで生産されている。金系はサワー系ともいわれ、葉は波打っていて扁平な丸い形。寒玉はやはり扁平で晩生、11月に収穫される。
 道内産キャベツは6〜10月には道外に出荷されるが、12〜5月は逆に道内市場は大半を道外産に頼ることとなる。 


良いものを 各地から