北海道食材ものがたり14 シシャモ
道新TODAY1999年2月号


手作りイベント「ししゃも・あれとぴあ」

 昨年11月8日、胆振管内鵡川町で、近年すっかり恒例となった「ししゃも・あれとぴあ」が開かれた。かつてシシャモ漁で使われた番屋が再現され、地元アイヌ文化伝承保存会によるシシャモカムイノミが厳かに執り行われた。会場ではシシャモ鍋、シシャモ酒、ジャガイモ、カボチャ焼きなども振る舞われ、大勢の人々がシシャモの文化と味覚を楽しんだ。
 鵡川といえばシシャモの町。店頭を覆うすだれ干しは、名物にもなっている。そんな町だから、シシャモのイベントがあって当然なのだが、実はこのイベントには主催者としておきまりの行政や商工会などの名前がまったく出てこない。「むかわ柳葉魚を語る会」というごく私的な団体が主催する手づくりのイベントなのだ。

自主禁漁をきっかけに

「きっかけは鵡川のシシャモ資源が枯渇して自主禁漁したことでした。この町に生活文化として根付いていたシシャモがとれなくなってしまった。このままでいいのか、何か自分たちにできることがないのか、と会が結成されました。まずシシャモとはどんな魚なのだろうか、ということから始めました」

 と事務局長の菅原春巳さん。

 昨年から菅原さんは鵡川町の商工水産観光課に席を置くが、もともと商工にも水産にも観光にも関係のない部署にいた。純粋に個人として参加している。会員は漁業、商店、会社員、主婦、公務員、団体職員などさまざま。町外にも会員がいて総勢は百十五人。外からの援助は受けず、会員から集めた資金で運営してきた。

 鵡川町のシシャモ漁は好不漁の年格差は大きかったもののかつては毎年2百d前後を保っていた。それが1970年代に入ると100d前後で低迷、ついに90年にはシシャモの姿がほとんど見えなくなり、翌91年には漁業者みずから禁漁の断を下すことになる。

禁漁が町全体に影響

 影響は漁業者にとどまらない。すだれ干しに象徴されるように、鵡川町はシシャモの漁業だけでなく販売の本場でもある。町の商店は店頭にシシャモをすだれのようにぶら下げ、その販売と加工は産業そのものだ。地元でとれなくなってしまったため、釧路・十勝から買いつけて当座をしのぐが活気は消え去った。

 この禁漁は4年間続き、資源の復活が認めれた1995年に再開、97年には114dという豊漁を見た。昨年98年は81dだったが、過去20年の平均程度には回復したことになる。

季節の言葉が復活

 禁漁という事態を受けて誕生した柳葉魚を語る会は、まずシシャモに関するシンポジウムを開催し、これは2年続く。その後に漁が復活し、始めた野外イベントが「ししゃも・あれとぴあ」だった。

「あれ」というのは「荒れ」で、かつて「シシャモ荒れ」という言葉がよく使われていたという。この嵐が来ると気温はぐんと低くなり、シシャモの遡上間近となる。季節の変わり目を表す地元独特の言葉だった。それにユートピアを組み合わせて「あれとぴあ」となった。

 そして昨年11月の4回目の「あれとぴあ」では、前日に「シシャモユーカラと柳葉魚談義の夕べ」と題する前夜祭も開催、アイヌの語り部からシシャモにまつわるユーカラを通訳付きで聞き、シシャモ談義に花を咲かせた。

「3年間野外のイベントをやってきて、会員は来場者のもてなしが主体になってしまいました。それだけではなく、自分たちが楽しめるものもあった方が良い、ということで、前夜に会員限定参加でアイヌ語をじかに聞く夜なべの会を開いたんです」

 と菅原事務局長はいう。活動内容を紹介する会報「柳葉魚」は九号を数えた。シンポジウムは「シュシャム塾」という学習会に取って代わり、これまで6回行われた。「シュシャム」は戦前の新聞などで使われたシシャモの表現だ。

電車で釧路のシシャモをアピール

 札幌圏に住む人なら地下鉄やJRでシシャモをPRする車内広告を目にした人は多いのではないだろうか。「神様がくれた魚で今夜は一杯」といったコピーを目にすると、帰りに居酒屋に寄ってシシャモでも頼もうか、という気になってくる。

 この「神様がくれた…」というのはアイヌの伝説による。大飢饉に見舞われたとき、神様が柳の葉をつまんで川に落とした。すると柳の葉に似た小さな魚が川にわき上がり、この魚によって人々は救われた…。

「釧路の柳葉魚 骨まで愛して」というコピーもある。釧路ししゃも桁網漁業運営協議会という団体が6年前から行っているPR事業だ。東京モノレールと札幌市営地下鉄、札幌近郊を走るJRの車内で11月か12月に1週間ほど展開されている。

「シシャモが暴落して`300円台になったことがあったんです。この協議会は白糠から昆布森までの釧路管内のシシャモ漁業者で組織しているんですが、資源管理、増殖だけでなく魚価を維持するための消費・流通対策もしなければならない、ということで始まりました」

 と事務局を担当する釧路市漁協の飯塚正人さんはいう。暴落したのは、鵡川では漁獲量が極端に減って全面禁漁を考えなくてはならなくなった時期で、釧路管内では千dの豊漁となっていた。

 釧路周辺と鵡川周辺のシシャモが海で交流することはほとんどないと考えられているが、釧路の豊漁は鵡川のシシャモが全部押し寄せてきても足りないほどの高レベル。その結果の暴落だった。

効果を上げたシシャモ貯金

 この豊漁は漁業者の資源保護意識の徹底がもたらしたと考えられている。釧路管内でも1970年ごろまでは千d前後、多い年には千5百dを越える水揚げを見せていた。ところが70年代に入ると5百d前後となり長い低迷期間が続く。かつての水準まで復活させようと始まったのが水産試験場などが提唱した「シシャモ貯金」だった。80年代後半のころである。

 シシャモは2年で成熟し川に上って卵を生む。ところがオスは死んでしまうものの、メスは川を下って海に帰り、翌年また卵を抱いて川に上ることが明らかになった。

 そこで川で行っていた産卵後のシシャモの捕獲をやめ、親魚が川にたくさん上るようにと海での漁獲も制限した。産卵を終えたメスは翌年帰ってくるので1年ものの定期、漁獲をやめて川に上らせた親魚は卵を生み、2年後の漁獲に結びつくので2年ものの定期というわけで「太平洋銀行」にその利殖をゆだねたのだ。

 その結果がシシャモ資源の復活である。漁獲量は低迷期の2倍のレベルまで回復した。鵡川の禁漁が効果を上げたことを考え合わせても、海と川での漁獲の制限が有効だったことはまちがいない。

 それでも1970年以前のレベルまで回復しているわけではない。その要因にシシャモが産卵する川の環境悪化が考えられている。産卵する小砂利の川底が河川改修で失われているという見方だ。

増殖技術はこれから

 そこで従来から続けられているサケの孵化と同じような人工孵化に加え、釧路川や鵡川では自然産卵方式という増殖方法が取り入れられている。人工的に小砂利の川底をつくり、そこに川で捕獲したシシャモを入れて産卵させるという方法だ。しかしこの方法でも、目に見える成果は上がっていない。

「孵化したばかりのシシャモの仔魚は糸切れのような形です。遊泳力もなく、すぐに海に下っていく。この仔魚の生き残りを高めれば、資源量は増えるのですが」

 と道立水産孵化場(恵庭市)養殖技術部の楠田聡さんはいう。サケ・マスにしてもヒラメにしても孵化後に餌をやり、ある程度の大きさまで育てて放流し、増殖の成果をあげてきた。ところがシシャモではまだそこまで到達していない。仔魚の飼育試験の段階で足踏みしているのが現状だ。

 ただし研究の進展によっては、シシャモ増殖の画期的な新技術が開発される可能性もなくはない。今後が楽しみな魚でもある。

漁協が加工や販売に参入

 さてこのシシャモ、ほとんどそのままあぶって酒の肴にされているはずだ。ご飯のおかずとしては、これほど似合わない魚も珍しいのではなかろうか。ところがこのシシャモを天ぷらにして食べる家庭もあるらしい。

 釧路市漁協は最近、総合流通加工センターを建設し魚介類の加工に本格参入した。

「良く乾かしたものより、生に近いと見栄えが良いということもあります。それに家庭では天ぷらにするところもありますので」

 と同センターの中嶋良広さん。シシャモは生干し状態で出荷している。このセンター屋上にはガラス温室式の立派な天日乾燥施設があるが、シシャモはそこでじっくり乾かすわけではない。

 中嶋さんは自分でも良く乾かした方がおいしいと思うが、生干し程度の方がいいという人もあって、なかなか難しいそうだ。いずれにしても魚の宝庫だった釧路で、かつてシシャモがあまり重要視されていなかったのは事実で、今後シシャモにも大きな力を注いでいくという。

 鵡川では鵡川漁協の建物内に直販サービスという部門を置いているが、現実には全くの個人経営だ。佐藤和則さんは2年前まで漁協職員だったが、リストラで退職し、そのとき条件を付けたのが漁協の名を使った販売だったという。

「漁協をやめたといってもほかの仕事ができるわけでもない。それでシシャモを扱うことになったんです」

 直販サービスのシシャモは漁家の婦人たちに加工作業をしてもらい、鵡川の港(汐見漁港)に設備をつくって自然乾燥している。

「魚の状態によって塩味の付け方がちがう。シシャモの加工は難しくまだまだです」

 と佐藤さんはいうが、客は徐々に増えている。「シシャモってこんなにおいしいものだったんですね、って電話をもらったこともあるんです」とうれしそうに話した。

 鵡川にはシシャモ専門店が数軒ある。

「漁獲した時期、場所、熟成度などによって加工方法が微妙にちがう。それに乾燥度合もいろいろ。利用方法に適したシシャモを買うために店の人とよく話し合ってほしい」

 というのは柳葉魚を語る会の菅原事務局長。シシャモは奥が深い。                


〔メモ〕
 シシャモが上って産卵するのは特定の川に限られ、胆振の鵡川、日高の沙流川、十勝の十勝川、釧路の茶路川、庶路川、阿寒川、釧路川のみ。かつては渡島の遊楽部川、長万部川などにも上っていたという。

 海での行動範囲も狭く、漁獲されるのは胆振、日高、十勝、釧路沿岸に限られる。シシャモは世界でもここでしか漁獲されないきわめてローカルな魚だ。

 キュウリウオ科に属し、同じ科にキュウリウオはもちろん、ワカサギ、チカ、外国からシシャモとして輸入されているカラフトシシャモなども属している。

 カラフトシシャモはメスだけが輸入され、アイスランド、カナダを主体に、その量は年間2〜5万d。1997年の統計では国産が約2,500dなのに対して輸入は10倍以上の約28,000d、96年は国産が約1,400dなのに対し、輸入は30倍以上の約48,000dもあった。


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