北海道食材ものがたり13 もち
道新TODAY1999年1月号


始まりは餅つきだった

 道北の風連町は名寄市と士別市にはさまれた静かな町だ。人口は約6千人。稲作を中心にした農業の町である。この町の農家グループが起こした事業が、全道、全国の注目を集めている。

「もち米生産組合の役員たちが、うすときねを持ち込んで、みんなで餅つきをした。それを切り餅にして札幌や東京などの親戚に正月用として送ってもらった。始まりはそれだったんです」

「汲烽ソ米の里ふうれん特産館」の堀江英一代表取締役が当時を振り返る。ちょうど10年前、1988年(昭和63年)暮れのことだ。
 堀江さんは当時から北海道産のもち米の評価が低いことに納得できなかったという。

 精米したうるち米が透明感をもつのに対し、透明感のない白さがもち米の特徴だ。その白さの度合い、白度が道産もち米は低かった。それは認めるが、自分で食べた感覚では新潟産の餅に比べても何ら劣らない。逆においしいと思うくらいだ。

5年間は無報酬で

 このギャップが生産組合の試みによって解消する。切り餅を送られた人々からの反応は上々だった。

「新潟県の農家の人々が冬期間に切り餅をつくって売っていることが雑誌に出たことがあって、ここでもできないか。そこで新しい事業を生産組合に提案したのですが、手をあげたのは約200人いた生産組合員のうち7人だけでした」

 雪に埋まる冬期間、稲作農家は仕事がない。ほとんどが本州の自動車工場などへ出稼ぎに出ていた。その収入がなければ家計が苦しい。そんな状態のところに、一家から夫婦二人が必ず参加し、しかも男は5年間無報酬でがんばろう、というのだから、賛同者が少ないのも当然だったろう。

 それから10年が経過した。

「最初はファックスもなかった。農作業をしている人と連絡をとるのはポケットベル。それが携帯電話になってずいぶん楽になりました。農繁期には夜の七時ごろから餅づくりを始めて、帰るのが夜中の一時ということもよくありました」

 この10年の間に町の中心部に店舗を開設し、出た利益は工場設備に投入して機械をそろえ、有限会社化して、ようやく給料も払えるようになった。

 現在の売り上げは年間1億8千万円。もち米2500俵を加工する。役員を含めた社員は6人だが、ほかに工場に10人、店舗に6人が常時雇用され、生産の最盛期には80人体制となるほどの忙しさだ。

モスバーガーの玄米餅も

 当初から販売しているのが切り餅や丸餅など。これは町内や近隣市町の人々がお歳暮に使っている。そして現在、売り上げの比重が一番高くなっているのが、ファーストフードチェーンのモスフードサービスに納めている玄米餅。モスバーガーの店が冬期限定商品として売り出しているお汁粉に入っている丸餅だ。今冬で3シーズンを迎えた。

 雪印種苗に事務局を置く北海道農業者サロンという勉強会があって、そこにモスフードサービスが参加していた縁で取り引きが始まったという。

 ただしこれまでほとんど例のない玄米の餅だけに、栽培方法も加工方法も特殊にならざるを得ない。

 玄米となるとまず心配となるのが農薬だ。コメの栽培に使われた農薬は米糠の部分にたまるとされており、普通は精米することで農薬の残留がほとんどなくなる。

 そこで玄米餅向けのもち米栽培では化学合成された農薬はまったく使用せず、木酢などで代用している。

 加工方法も手探り状態。水に漬ける時間、ふかす時間、こねる時間など試行錯誤を重ねた末にようやく完成した。

「素朴なツブツブ感が出る製品にするなど苦労は多かったんですが、今は一番の売り上げとなりました。次が切り餅ですね。それにデパートの催事で販売する大福餅も好評です。このあいだは横浜のそごうデパートで6千個が売れました。来週は熊本に行く予定です」

 と同社販売部長の種田芳雄さん。この日はその大福餅の加工がピークを迎えていた。つき上がった餅と餡を機械に入れると大福餅が次々に出てくる。その一つをいただくと、普通の大福餅にはない甘酸っぱさが口の中に広がった。イチゴのような味である。じつはその酸っぱさはハスカップの味。風連町は全道有数のハスカップの生産地なのだ。なるほどこれなら北海道らしい大福餅として買った客も満足だろう。

新たな展開が

 こうして風連町の「特産館」は北海道の餅屋として確たる地位を築きつつある。

「新しく郊外にショッピングセンターを建設する計画があって、そこに私たちがお客さんが見学できる工場と餅にこだわったレストランを設置する予定です。生産規模が大きくなって農作業を投げ出してもこの仕事をしなくてはならないこともありますが、私たちは百姓が基本。これをやることで、それだけ長く百姓を続けようという考え方です。レストランも百姓がやっているんだ、というのを前面に出した店づくりをしたいと思っています」

 と堀江さんはいう。いまや北海道で「餅は餅屋」ということわざは通用しないのかもしれない。「餅は百姓」だ。

 さて「特産館」の大福餅、味の点以外にも大きな特徴がある。固くなるのが遅いという特徴だ。いつまでも柔らかいことは大きな強みである。ところがこの強みがかつては弱みだったのだ。

おこわで短所が長所に

 現在北海道で栽培されているもち米の品種は「はくちょうもち」と「風の子もち」。はくちょうもちは北見農業試験場が育種し、1989年(平成元年)にデビューした新品種。白鳥というだけあって白度は府県産のもち米に遜色ないほどになった。

 次に出たのが上川農試が九五年にデビューさせた風の子もち。粒が大きく多収という特徴を持ち、府県産にますます近づいてきた。うるち米で「きらら397」「ほしのゆめ」といった高品質のコメが誕生したのと同様、もち米でも新品種が次々に出てきた。

 しかし道産もち米特有の固くなるのが遅いという特徴は引き継がれたままだった。餅のつきたてはみんな柔らかい。そして時間を追って固まってくる。その固まりかたが遅く、府県産なら一昼夜で固まるのに、道産ではその1.5〜2倍も遅い。

 これは大きな欠点だった。というのも餅屋の餅は切りもちや丸もちとして売られるが、固まるのが遅ければそれだけ作業に時間がかかる。餅つきをして翌日に切って包装、販売できるのと、翌々日まで持ち越すのではコストに大きな差が生じてしまう。これが道産もち米が不人気だった最大の理由だった。

 上川農試の菊地治己水稲育種科長は「はっきりと分かってはいませんが、硬化性は品種というより実るときの温度、登熟温度の差が大きく影響していると考えています」という。新品種で打開できる問題ではない。

 ところがそんな道産もち米に突然救世主が現れたのである。コンビニのセブンイレブンが「赤飯おむすび」に採用したのだ。最初はパック詰めの赤飯として販売したがなかなか売れず、おにぎりにしたところが爆発的に売れ出し、おにぎりのベストセラーを維持する人気商品だという。もち米を使った各種おこわのおにぎりも健闘しているようだ。

 近くのセブンイレブンで買って食べてみると確かに赤飯を含めたおこわ類は柔らかい。電子レンジで温めなくても十分食べられる。それにもっちり感がお腹に満足感を与えてくれる。若者に受けがいいのも理解できる食感だ。

 もともとおこわとは御強という字を当てる女房ことばで強飯すなわち硬い飯のこと。それが現代では柔らかなおこわが受けるという逆転現象が起こっている。

もち米団地をつくって攻勢

 これで俄然勢いづいたのが北海道のもち米づくりだ。従来からもち米は温度などの関係で上質なうるち米がつくりにくいところで栽培されてきた。最終的に餅やあられなどに加工されるため、見た目はきれいでなくてもよく、安ければ売れた。

 北海道のJAグループでは上質米栽培が難しい地域で、うるち米をまったく作らないもち米団地を形成し、もち米へのうるち米の混入を極力なくして質を高め安定供給する戦略をとってきた。留萌北部、上川北部、網走、十勝などでJA全体がもち米に特化し、農家は飯米を外から買って食べなければならないという徹底ぶりだ。

 ただしもち米の需要は限度があり、豊作になると翌年からは作付けを減らさざるを得ない。うるち米以上に相場の振れが大きい作物だ。北海道でも冷害年だった93年の翌年に1万1千fという過去最高の作付けを見たが、次の年からは8千〜6千fに落ち着いていた。

 それが98年には再度1万1千f台に伸ばした。もち米の在庫が一掃されたという事情はあるが、うるち米が年々減っている中での大幅増加はきわ立った現象である。

「都府県でのもち米団地比率は74%ですが北海道は100%。うるち米の混入がほとんどないので評価は高まっています。それにセブンイレブンの赤飯おにぎりなど、粒が見える消費形態が多くなり、一等米比率を高める必要が出てきた。国内需要を見極めながら、品質を高めて安定的に生産していくことが課題です」

 とホクレン米穀部の加藤寛紀課長。短所が長所になったという思わぬ展開に意を強くしながらも、需給バランスを見極めて作付けしていこうという手堅い姿勢を貫いている。

 もち米はすでに外国から自由に輸入できるが、まだまだ品質は国内産に及ばないという。その一方で、北海道産もち米は団地栽培などで評価を高め、夏の温度が低いというコメ作りには不向きなはずの環境に追い風が吹きだした。

 ホクレンでは道産うるち米についても、その特徴を改めて試験し、炊いて増える、すし酢になじむ、牛丼の汁がしみ込みやすいといった特質を新たに見いだして売り込みに役立てている。もち米の逆転の発想が道産のコメ全体にも波及し始めているのだ。

〔メモ〕
 うるち米ともち米のちがいは、含まれるでんぷんの成分比。日本のうるち米はおおよそアミロペクチンが80%、アミロースが20%だが、もち米は100%アミロペクチンだ。分子構造がアミロースは一本の鎖状になっているが、アミロペクチンは鎖が枝分かれしている。もち米にはアミロース合成酵素がなく、それは一個の染色体で決定される。
 野生の稲にもち米はない。劣性遺伝のためで、もち米を栽培するとうるち米になりやすい。まず、うるち米の花粉が付くと全部うるち米になってしまう。そのため北海道ではもち米栽培を団地化し、うるち米から隔離している。
 またうるち米が混入したもみを種もみとして使うと、うるち米の花粉が飛び散ることになり、混入率は非常に高くなる。そこで北海道では毎年種子を100%更新している。
 それだけ万全を期しても、ちょっとした環境要因などでうるち米に先祖返りしやすく、出穂期にうるち米の穂を見つけて一本一本抜き取る作業も欠かせない。

良いものを 各地から