北海道食材ものがたり 11

秋サケ
道新TODAY 1998年11月号

 秋味というズバリ秋の味覚そのものを表す名前を持ち、アイヌ民族はカムイチェップ(神の魚)と呼ぶ。秋サケは食材として別格だったことがこうした呼び名からもうかがい知れる。ところが現在では、時にはサンマやイワシに負けるほど安値になっている。

 明治時代に始まった国による孵化・放流がはっきりした成果として現れたのが昭和40年代。そこで道内各地で孵化場が次々に建設され、放流数が飛躍的に増加、それに伴って漁獲量も増大した。たとえば昭和40年には全道で約400万尾だった漁獲量が50年には1400万尾に増加、60年には2800万尾、さらに10年後の平成7年には5200万尾にまでなった。漁獲量は右肩上がりに増大し、順調そのものだった。漁獲が増えれば水揚げ金額も当然増える。


千歳川はサケふ化事業のルーツ
捕獲するインディアン水車が観光客に人気だ


石狩さけまつりではつかみ取りも

8割も下落

 ところが長くは続かなかった。全道の水揚げのピークは昭和63年の約600億円。その後は量は増えるが、逆に金額が減ってしまうという異常事態に陥る。平成4年には380億円まで減少、平成8年には280億まで減らし、昨年の平成10年は303億円だった。1尾当たりの単価がその現象を如実に表している。

 昭和56年には1尾が2686円、ところが平成8年は547円、5分の1、じつに80%の下落である。半導体など生産技術が日進月歩の工場製品ならこうした値下がりは分からないでもない。しかし食品でこんな状態に陥ったのは秋サケ以外に聞いたことがない。卵がここ何10年も1個10円程度を保って物価の優等生といわれているが、秋サケでは10円が2円にまで下がってしまったことになる。

 ここまで値段が落ち込んだのは、ひとことで表せば需要に対して供給が過剰になったためだ。秋サケは従来、塩をした、いわゆる新巻ザケにほとんど加工されていた。ちょうどお歳暮時期を迎えるころで、新巻は贈答品として流通した。それが浜値で1尾2千円台を維持した大きな要因だった。

ブナを隔離

  ところが新巻ザケの需要には限度がある。また秋サケの加工場の処理能力にも限度がある。こうした要因が重なって、秋サケは値をどんどん下げてきた。
 北海道漁連はこの対策として、ブナザケの隔離策をとり始めている。いわば裾もののブナザケを新巻ザケに回さず、3枚おろしのフィーレなど独自に加工する。これはある程度成果をあげ、冷凍加工された安いサケは中国に輸出され、昨年はベニザケを日本に大量輸出しているアメリカに逆に輸出するという快挙も見た。


別海漁協では漁業者自ら加工する

漁師による献上造り

 道漁連だけでなく各地の漁業者も独自の取り組みでこの危機を乗り切ろうとしている。根室管内別海町の別海漁協では一般的な新巻ザケのほかに、何段階も手間をかけた製法の「献上造り」を4年前から製造し、主に通信販売でさばいている。

 1800年(寛政12年)に地元西別川のサケを幕府御用達の商人が11代将軍徳川家斉に献上した記録から「献上造り」と名づけられ、当時の製法を再現した。オスザケを粗塩で漬けて重石をかけ、何度も手返しして水分を完全にとる。これが山漬けと呼ばれる昔ながらの塩のきついサケだ。そのあと水につけて塩分を抜き、寒風にさらすと、独特の味が完成する。

 「甘みというのも変ですが、塩がなじんで熟成されたうまみがある。塩をして冷凍した普通の新巻とはやはりちがいます」
 と同漁協事業部の石川量平次長。道立釧路水試加工部の船岡輝幸主任研究員によれば、熟成するとうまみ成分のグルタミン酸が生成されるという。科学的にも説明がついているわけだ。

献上造りは手間がかかる

 これらの加工作業は漁業者が自ら行っている。本業の漁業は価格の下落によって収支が悪化した。その補てん・増収策として漁業者が加工・販売にまで手を広げた。「献上造り」の寒風干し作業は、11月の下旬に定置網の番屋15カ所に分散して行われる。まさに漁師の手づくりそのものだ。

「干すスペースと手間の関係で、1本ものの『献上造り』は1600本限定。それを輪切りにして家庭でも使い易くした『味の年輪』などを合わせても五千本分しかつくれない。
地元の人が贈答用に使ったりするので、あとは通信販売で売り切れてしまいます」(石川次長)

 同漁協では甘塩の新巻ザケなど、一般的な製品もつくっているが、「献上」だけは早いもの勝ちといえそうだ。 


年中ちゃんちゃん焼き

 十勝の大樹漁協では20年ほど前から新巻や筋子の加工を手がけてきたが、平成4年に加工・冷凍設備を増強、そして昨年から新たに生産を始めたのが「さけちゃんちゃん焼き」のセットだ。

 ちゃんちゃん焼きとは鉄板上にサケの半身とタマネギ、キャベツなどたくさんの野菜を載せ、味噌だれをからめて焼いて食べる漁師料理。最近生ザケが安値で出回るようになって、一般にも普及し始めている。

 ところが安い生ザケが年中出回っているわけではない。全道の加工場が処理しきれないほど水揚げされる時期には生ザケがドッと出回るが、水揚げが少なければやはり加工に回される。そこで同漁協では半身のサケを真空パックして冷凍、それに味噌だれを加えてセット販売を始めた。

 「平成4年に加工設備を2倍に増強して、フィーレなどいろいろできるようになった。加工場では800dの原魚を処理し、ほかに道漁連向けに買い付ける量も含めると組合員が水揚げする秋サケ2千dのうち、1700dをうちの漁協が買い取っている。価格の主導権を握り、下落を防いでいるんです」
と同漁協の沢尾広美参事。ちゃんちゃん焼きのセットはフィーレ加工を応用した商品。近年のアウトドアブームで、野外料理の材料としても将来性は高い。

 加工を担うパートの女性は漁家の主婦たち。時給千円と普通のパートに比べて高いが、これは通年ではなく季節雇用のため。しかし漁家なので作業は手早く、賃金以上の働きだそうだ。

 こうしてある程度の魚価を維持する一方、加工でも収益をあげることで、組合員と漁協の経営を支えている。
 別海漁協、大樹漁業とも組合員は百人程度で道内の漁協としては最小クラス。ところが逆境下では組合員が一丸となり素早い対応で新たな展開を始めている。小さいからこそ小回りが利く。そんなところも注目したい。

大樹漁協が売り出したちゃんちゃん焼きセット

帯広では削り節

 ほかにもサケに新たな価値を見い出した人々がいる。帯広市で秋サケの削り節が開発されたというニュースを聞いたとき、畑作地帯の真ん中で、どうしてサケ節なのか、と疑問に思ったものだ。

 その答えは、孵化のために川で捕獲された親魚を使うため。なるほど帯広市内には国の孵化場(水産庁さけ・ます資源管理センター十勝支所)が存在し、隣の池田町にある十勝川の千代田堰堤はサケの捕獲場所として観光名所にもなっている。

 卵や白子を取ったあとの親魚はこれまでほとんど商品価値がなく、せいぜいフィッシュミール(魚粉)にされて家畜の餌になる程度だった。それに着目し、研究を始めたのが(財)十勝圏振興機構、別名十勝財団の食品加工技術センターである。タンパク質分解酵素を使ってカツオ節のようなサケ節を完成させ、次にその工程を再検討し、より早くより低コストでできる企業化の技術を確立した。

 いち早くこれを商品化した江戸屋(本社・帯広市)の削り節を口に入れてみたが、じつに味が濃く香りも良い。Cブナを使っているという先入観が吹っ飛ぶ味なのである。

 サケ節はグルタミン酸が多い。これは味の素などの成分と同じで、もともとはコンブから発見されたうまみだ。一方カツオ節はイノシン酸がうまみの主成分。コンブとカツオ節を合わせるとグルタミン酸とイノシン酸の相乗効果でうまみが倍以上に強まるとされている。
 ところがサケ節とコンブも相性が良いという。

 「カツオ節とサケ節を混ぜ合わせるとおいしくなるのは当然ですが、コンブと合わせてもおいしさが引き立つんです。これは驚きでした。ただ煮干しとは合わないようですが」
 と企業化技術の開発に取り組んだ同センターの川上誠研究員。脂分が若干残るハラスの部位はサケ節に向かないので、それを珍味に加工する研究も始まっているという。

 江戸屋では35グラム入りのサケの削り節を小売300円で販売している。これはサバ節などを混合した一般的な削り節に比べてかなり割高。

 「サケ節はカツオ節などに比べると身がもろくて、削り節にしたときの歩留まりが五割程度にしかならないんです。ただ量産すればまだまだコストは下げられるはずで、将来性には自信を持っています」(立花信雄常務)という状態だ。同社では粉状になったサケ節でだしパックをつくり、それを削り節と詰め合わせた商品も売り出している。

ダシ入り醤油も

 またこのサケ節に注目し、帯広まで進出してきたのが四国、香川県の中堅醤油メーカー、鎌田醤油である。今秋に50dのCブナを購入し、1本もののサケ節に加工、本社に送って「鮭節だし醤油」を製造し、来年夏には販売を始める計画だ。
 同社は各種だし入り醤油の通信販売で業績を伸ばしており、将来的には帯広で「鮭節だし醤油」を製造する構想ももっている。

 こうして見てくると秋サケはまだまだ新しい可能性に満ちた食材だということが実感されてくる。腐ってもタイという言葉があるが、秋サケの場合は下落しても秋味、カムイチェップなのだ、と言えるのかもしれない。

〔メモ〕

 秋サケは和名がサケで、トキシラズと同じ種類。産卵期が近づき、海水から真水へと環境も変わるため、魚体が次々に変化し、その変化に応じて名前が付けられている。
 まず体の色によって銀毛(ぎんけ)、ブナ毛と呼ばれる。毛は鱗を表している。銀毛は体が銀色で海で漁獲される。
 中でもメヂカ(目近)は鼻先が丸みを帯びて左右の目が近いように見えるために付けられた名前。北海道でとれるメヂカは新潟県や山形県などに帰る秋サケとされており、産卵までに十分時間があるため脂が乗っている。
 メヂカは優しい顔立ちだが、その後サケは鼻先が伸びて精悍な顔つきになる。さらに産卵が近づくと、今度は黒い縞模様が現れブナ毛となる。体色自体も黒っぽくなりブナの木肌に似てなくもない。
 このブナ毛にも程度があって、産卵が近づくにつれてAブナ、Bブナ、Cブナとなっていく。川で産卵したあとの死骸がホッチャレだ。


良いものを 各地から