ハッカ(北見市) |
石北本線北見駅。特急が到着すると駅はハッカ(ミント)のさわやかな香りで満たされる。ご当地ソングならぬ香りでのお出迎え。これはいったい…。 北見市はハッカの町。かつては世界のハッカ生産の七割を占めたことがある。1939年(昭和14年)前後のことだ。 北見地方は山間部が多く、道路が悪かった。その点でハッカは都合がいい。収穫されたハッカの葉は乾燥したのち農家が釜で蒸留し、ハッカ油にして工場に出荷する。 たとえば馬の背にくくりつけて運搬する場合、ハッカ油なら3.5五f分を積むことができた。小豆なら40分の1以下の0.08f分程度。ハッカは薄荷という字を当てるが、まさに薄い荷そのものだった。 工場では農家から集めたハッカ油から、ハッカ脳と呼ばれる結晶とさらに精製したハッカ油を生産、どんどん輸出した。 湿布薬、胃腸薬、目薬などの薬用として、また歯磨き粉、たばこなどの香料として北見のハッカが全世界に出回った。 ところが戦争による食料増産・輸出の中断で激減する。戦後復活したが、ブラジルなど新興国での生産が盛んになって生産量は戦前ほど伸びず、さらに石油などを原料にした合成ハッカの出現が追い打ちをかけ、ハッカ畑は消え去った。 こうした歴史は北見駅から歩いて10分の北見ハッカ記念館で知ることができる。ホクレン北見薄荷工場跡にあり、鉄道の引き込み線もあった。 「ハッカの和種は薬品になるメンソールの含有量が多くて、原料にはもってこいでした。西洋種はメンソールの含有量より香りが良かった…」 元教師という井上英夫館長の説明は熱心だ。館長は小さな蒸留器を自作し、学校などに出張してハッカの蒸留を行い、ゴールデンウイークには館内でも行っている。 またハッカの歴史は、ハッカ豆や飴などハッカを使ったさまざまな製品として地元にハッカ文化を残している。そしていったん途切れたハッカの栽培も復活し始めた。 駅から車で20分ほどの仁頃地区では農家がハッカの栽培を再開、駅から歩いて20分の常呂川河川敷には「香りゃんせ公園」という市民参加のハーブ園が誕生、昨年はおよそ200名が参加してハッカはもちろんさまざまなハーブの苗を植えた。 さて駅の香りの謎は? 実は案内所(北見観光協会)の方が特急の発着に合わせ、ハッカスプレーで香りをふりまいているのだ。 |