7 イモを求めて空腹流れ旅
−帯広・池田− 

1992年11月



  大正メークインまつり

 9月23日秋分の日、特急スーパーとかち1号で帯広に向かった。帯広市大正のメークインまつりに行くのである。

 2千円でイモ掘りが体験でき、参加費用の3倍はメークインが収穫できるとう実用的な催し。我が家の1年分のジャ ガイモを掘ってくるぞと勇ましく、列車に乗り込んだのだった。

 狩勝峠を越えるとそこはまさに十勝晴れ。期待はいやが上にも高まってくる。旅行かばんの中には長ぐつと軍手が詰め込まれていて用意万端。そのうえ朝食にはピザ風ジャガイモまで食べて景気をつけてきたのである。1口だけでなく3口6千円くらい申し込んで、親戚中に送りつけようか。

 帯広で駅レンタカーを借りた。大正地区は帯広の中心部から15キロほど南に離れている。愛の国から幸福へ、で一躍有名になった旧広尾線の愛国駅と幸福駅の間にあったのが大正駅である。このあたりはメークインの大産地として全国的に名が知れわたっている。暑いほどの日ざしを浴びて車は畑の中の一本道を南へ南へと走って行ったのだった。

 レンタカーのおじさんは、場所はすぐわかるよ、という。会場となる畑が毎年同じところに決まっているわけではない。しかし近づくと車が列をつくって込み合っているし、畑につくられた臨時の駐車場から出てくる車のタイヤがアスフ ァルト道路を泥で汚すのですぐわかるというのである。ところが何も気づかないうちに車はどんどん南進し、とうとう帯広空港まで行ってしまった。

 たまらず帯広大正農協に電話して場所を聞く。12時すぎ、ようやく会場入りした。

  遅かった

 なるほど巨大なイベントである。空にはアドバルーンが上がり、駐車場には大型バスの姿さえある。焼き肉やらタコ焼きやら、露店がずらりと並び、テントの下では宴会も始まっている。さっそく事務局でイモ堀の手続きである。

 「もう終わりました」
 まさか…。確かに駐車場の隣の広い畑は、イモを掘り終わったという形跡があるにはある。しかしまばらながら、まだ掘っている人々もいるではないか。聞 けば10時には受け付けが終わってしまったという。こんなはずではなかった…。

 会場本部にいた帯広大正農協の木下登組合長によると晴天だったこともあって朝7時半の開場予定を1時間繰り上げたほど人が押しかけたそうだ。6時半といえば札幌で私がようやく眠りからさめたころ。いくらスーパーという名を持つ特別急行で走ってきたといっても、こうも早くては地元の人にかなうわけがない。夜行のまりもで来るべきだったのである。

 用意されたのは約1500口。もっと多くしても良さそうなものだが、農協が農家から畑のイモを買い上げる方式なので、残った場合農協側でイモを掘り出さなくてはならない。そうしたリスクを回避するために制限しているのだという。実際余ってしまい、処理に苦労したことがあったそうだ。

 こんなにも朝早く人が押し寄せるにはもう一つの理由がある。帯広に一番近い港、豊頃町の大津で秋あじまつりが開かれ、とれたてのサケが安い値段で特売されているのである。これも毎年秋分の日と決まっている。

 両方のまつりを掛け持ちするために人々は早朝から走り回るのである。十勝の住民にとって秋分の日の早起きは三文の徳、今の貨幣では少なくとも3千円、多い人では3万円の徳く らいになっているのではなかろうか。

 特設ステージではタレントによる物まねショーが始まり盛り上がってきた。
  今年で20回目を迎えるメークインまつりは木下組合長が専務をしていたころ、 宣伝のために始められたのだそうである。それがテレビで全国放送されたこともあって大正メークインの知名度は急激に高まった。

 会場の広さといい、お客さんの数といい、スタッフの数といい、イベントの規模はまさに十勝サイズ。木下組合長も池田町のワインまつりに次ぐ十勝で2番目の規模だろうという。

 掘り返された広いイモ畑をとぼとぼ歩いていく。
 「こりゃ、まつりの後そのものだな」
 とカメラマンの増井氏。私の心境は後のまつりである。畑を横切り、ほんの少し残っているグループに近づいていく。




  また遅かった!

 帯広市の阿部吉男さんはこのまつりに参加し始めて5、6年になるという。掘ったメークインは本州の親戚に送って喜ばれている。トラックで来ていて、荷台にはサケが積んであった。大津の秋あじまつりに寄ってから来たのである。

 そういえばこの3年ほど資源の減少で中止となっているが十勝港の毛ガニまつりも買い出し主体の催しだった。車で押し寄せては、ゆであがったばかりの毛ガニを何杯も買い込んでいく。おいしくて安いカニをいそいそと買っていくとい う単純明快な光景が十勝によく似合うと感じたものだった。


 そんなことを思い出しながら露店の並んだまつりの中心部に戻ってくると、 ショーは終わり、露店も次々にたたまれだした。もうお開きの時間なのである。
 イモ掘りはだめでも農協婦人部の人たちなどが出しているはずのイモ料理を味わおうと思っていた。そのために木下組合長がすすめてくれた弁当も断っているのだ。

 後片付けで忙しい会場をさっと引き上げた。なにしろ腹がへっている。イモ料理で有名な店に行って腹一杯食わしてもらうことにしよう。レンタカーは帯広の中心部に戻り、店を目指して西に走り始めたのだったが…。

  休みだった!

 見つからない。パンフレットにある住所にたどり着けない。腹がへって気が立ってきた。どうして帯広の街はこんなに分かりにくいんだ、と怒りと嘆きが頭と胃のあたりを行ったり来たり。こうなったらラーメンでも何でもいいと叫びながら30分ほど走り回ってようやく見つかった。良かった。しんぼうして探したかいがあった。

 車から下りてドアに近づくと、ガラスの向こうに定休日のプレートがチラリ 。ドアは押しても引いても動かない。

 へなへなと力が体から抜けていく。しかしこうなったら意地だ。駅前に戻ってドイツ料理店のジャガイモだ。

 それにしてもいくら定休日だからといっても祝日である。店を開ければいいのに。きっとみんなでメークインまつりに出かけたのではなかろうか。なんてったって2千円で6千円分はとれようというイベントである。大型トラックで乗りつけて店で使うメークインを掘っていったのではないか。

 ドイツ料理店も様子がおかしい。車から下りて確かめるとなんと定休日。ここもイモ掘りに行ったのか。

 「イモに見放されているんじゃないの」
 と増井氏。朝めしのジャガイモが悪かったんだろうか。
 気を取り直し、池田町方面にドライブを始めた。こんなについていないんだから、交通事故だけには気をつけよう。

 普通の食堂で私はラーメン、増井氏は十勝名物の豚丼。ブタドンはどうしてトンドンと読まないんだ、などといった他愛ない会話で気持ちを紛らわす。

 準備中だった!

 十勝川の千代田堰堤では大型クレーンを使ったサケの捕獲が行われていた。酪農家が始めたハピィネスデーリーというアイスクリーム屋さんは相変わらずの繁盛ぶりで店の外まで人が並んでいる。ワイン城を下から眺めながら通り過ぎていくと、偶然「いも畑」という喫茶店が目に入った。しかしドアには準備中のプレー ト。まったくイモに見放された。

 夕方の列車で次の目的地の釧路へ向かう。窓の外は真っ暗になってしまった 。きっと十勝の家々では今ごろ新鮮なジャガイモとサケの料理を楽しんでいることだろう。


 メークインまつりの会場で唯一買い求めたグレイスというイモ焼酎、 それに千代田堰堤で買ったサケの薫製。窓ガラスに映る自分の顔を眺めながら、 薫製をむしって焼酎をちびり。

 これもジャガイモとサケにはちがいない…。