あれも北海道!これも北海道!
   道産品活躍の場を訪ねて    

【浜中の牛乳】

 霧多布湿原などで知られる道東の浜中町。道内ではほとんど知られていませんが、じつはこの町の牛乳が首都圏などで高い評価を受けてます。飲料はもちろんのこと、アイスクリームのハーゲンダッツや特製カルピスの原料としても使われ、一般の乳製品より1ランク上の品質がウリになっています。どこがちがうのでしょうか。

ハーゲンダッツとカルピス北海道

 ハーゲンダッツといえば、濃厚な味で価格はふつうのアイスクリームよりかなり高く、しかもスーパーの特売でも「ただしハーゲンダッツは除く」と値引きしているのを見たことがない『お高くとまった』アイスクリームという印象があります。アメリカが発祥の地で日本にはハーゲンダッツジャパンという会社を置いています。 

 その会社のホームページの「品質へのこだわり」という画面には「良質なミルクを得るための土壌管理」という見出しでこんな説明がありました。

「素材のおいしさをそのまま生かしたハーゲンダッツアイスクリームの生命ともいえる、主原料のミルク。高品質なミルクを得るために、私たちの努力は土壌作りから始まります。高品質なミルクは、乳牛1頭1頭の健康管理はもちろん、主食となる牧草の成分分析、さらには乳牛にとって理想的な牧草が育つために土壌のph値までも厳しく管理することで生まれています」


ハーゲンダッツ

 「初恋の味」カルピス。さわやかな庶民の飲料として根強い人気です。そのカルピスのプレミア商品が、ギフト用の「カルピス北海道」。ホームページ内の説明にはこうありました。
「原料となる牛乳には北海道産(主に根釧浜中地区)のものを厳選使用しています。やわらかな甘味とコクが特徴の、大自然の牛乳から生まれた贅沢な『カルピス』です。

 根釧浜中地区は、日本有数の酪農地帯であり、気候にも恵まれ土壌管理、飼料管理、乳牛管理等がきめ細かく行われているため、良質な牛乳を得ることができます」

 ハーゲンダッツもカルピスも原料となった牛乳の品質をことのほか重要視しています。私の感覚は、牛乳なんてどこのものでもあまり変わらないのではないか、本州方面の牛乳は水っぽいという印象があるけれども、道内に限ってはそれほど変わらないのではないか、といったものです。まずもって「倉島牛乳」「まちむら牛乳」「函館牛乳」といったブランドはあるけれども、浜中町の牛乳なんて見たことも飲んだこともありません。じつは浜中町の牛乳は北海道では流通していないのです。 

タカナシ乳業がやってきた

 浜中町の町役場は霧多布にありますが、そこは漁業の港町です。もう1つの産業は酪農で、農家は町の全域に散らばっています。そしてその中心が農協のある茶内地区です。1981年(昭和56年)、茶内にあった雪印乳業の工場が閉鎖されました。別海町の大型工場に加工を集約するためでした。


浜中町の牧場

 しかし地元では工場をなくしたくない。そんな声に応えて翌年進出してきたのが横浜市に本社があるタカナシ(高梨)乳業でした。当時同社は乳業メーカーでは国内で80番台の規模だったといいます。しかしこの浜中進出から業績をぐんぐん延ばし、明治、森永など大手に続く準大手に成長していくのです。

 タカナシ乳業はもともと牧場経営から始まったローカル企業です。生い立ちが牛飼いということで乳牛を見る目には確かなものがありました。当時の社長が浜中を訪れて真っ先に向かうのは工場ではなく牛舎だったと伝えられています。その社長が、農協が設置した酪農技術センターを訪れて牛1頭1等のデータを見ていました。そして気づいたのが、たまに現れる乳脂肪分4%以上の牛です。「3・4牛乳」が濃くておいしいといった時代でした。社長はひらめきます。これらの乳牛から集めた牛乳を売り出したらどうだろうか。

 しかし言うのはたやすいですが、実現となれば難しい。酪農家ではバルククーラーという冷蔵タンクにその家の牛全部の乳を保管し、それを農協のタンクローリーが巡回して集めています。4%以上の牛乳を集めるには農家が冷蔵タンクをもう1つ追加し、集荷するタンクローリーも別に必要です。それでもせっかく地元の工場を引き受けてくれたタカナシ乳業です。

 農協では要望に応えることにしました。地理的に便利な3戸の農家を選び出し、その農家を説得して乳脂肪分4%以上の牛だけからの牛乳を別に保管してもらい、工場に運んだのです。

 これは成分無調整の牛乳としてパック詰めされ、釧路空港から空輸され、小売価格が1リットル350円という超高級牛乳として売り出されました。これが高い評価を得たのです。

 この牛乳は現在も販売されており飲料というより料理に使われることが多いといいます。乳脂肪分は無塩バターを使えば補えますが、牛乳の風味までは補えません。そしてその風味は健康な餌、健康な牛、そして徹底した衛生管理から生まれます。加熱処理の仕方など風味を損なわない加工が可能になるからです。反対に質の悪い牛乳はしっかり処理しなければならず、風味が損なわれます。マスコミに登場する有名シェフには浜中産牛乳のファンが大勢いて、よく訪ねてくるそうです。

 この製品によってタカナシは躍進します。どこもまねができない看板商品を得たことで営業がしやすくなり、ほかの製品も売れ出したのです。
 
基礎は酪農技術センター

 タカナシの社長が訪れて乳牛1頭1等のデータを目にしたのが酪農技術センターでした。このセンターの起源は1973年(昭和43年)にさかのぼります。きっかけはアメリカなどで研修してきた若者たちの声。研修先には牧草畑の土壌分析から始まる徹底した科学的な酪農がありました。

 浜中町は寒流が流れる太平洋に面しており、夏には海霧が入り込んで気温が上がらず、植物の生育にはあまり適していません。そのためほかの農業が根付かず、酪農1本になったのですが、牧草にとっても厳しい環境であることは同じです。土壌の管理で生産性を上げようという試みは、この気象条件だからこそ必要だったのかもしれません。農協の車庫の片隅を利用し、単純な機器を使った土壌分析からそれは始まりました。


酪農技術センター

 8年後の雪印乳業の工場が閉鎖された年に農協は酪農技術センターを開設します。土壌分析、牧草の分析、そして乳質の分析ができる本格的な試験センターした。農協単位でこうした施設を持つことは前例になく、道庁に何度も説明し、ようやく国の補助事業に乗せてもらっての設置でした。このセンターでは酪農家が飼育している牛1頭ごとの乳質検査も定期的に行っています。それが成分無調整4.0牛乳の誕生に結びついたのです。

 タカナシ乳業が浜中町に進出して4年目の1984年、ハーゲンダッツジャパンが設立されます。ハーゲンダッツは1961年にニューヨークで誕生したアイスクリームの会社で、日本ではハーゲンダッツ本社とサントリー、そしてタカナシ乳業が出資してハーゲンダッツジャパンが設立されました。

 現在ハーゲンダッツのアイスクリームはアメリカ、フランス、そして日本の3カ国だけで製造され、世界に供給されています。その品質管理は徹底しており、日本に来た製造技術者も牛乳の質を最も重視していました。岩手県などにもタカナシ乳業は工場を持っていますが、技術者は迷うことなく浜中を選んだのです。それも酪農技術センターで蓄積された技術やデータがあったためでした。

 冒頭で紹介した「品質へのこだわり」の中の「私たちの努力は土壌作りから始まります。高品質なミルクは、乳牛一頭一頭の健康管理はもちろん、主食となる牧草の成分分析、さらには乳牛にとって理想的な牧草が育つために土壌のph値までも厳しく管理することで生まれています」といった説明は、じつは浜中町の酪農そのものを指しているのです。

 ハーゲンダッツはデパートや高級スーパーだけに製品を卸し、まず東京・青山に直営店を1つだけ出して、その口コミでファンを拡大していくという独特な戦略で人気を浸透させていきました。従来のアイスクリームとは一線を画し、高級路線を貫いていますが、その風味とイメージを支えているのが浜中町から供給される牛乳なのです。

 さらにカルピスも浜中の牛乳を使った「カルピス北海道」というギフト用の製品をつくりだしました。

先進の取り組み続々

 浜中の工場は「タカナシ乳業北海道工場」といいます。この工場から送り出される牛乳からハーゲンダッツやカルピスといった乳製品だけでなく、「特選北海道牛乳」といった無調整の牛乳もつくられています。ただしここでパック詰めさはされず、タンクローリーで釧路からホクレンの船で関東に運び、群馬工場などで製品になっているようです。

 タカナシ人気の上昇とともに北海道工場の生産量も増大し、現在は浜中町内だけでなく近隣の牧場からも牛乳を集めています。大手乳業メーカーの工場では巨大タンクが目につきますが、浜中の工場はそれと比べればずいぶん小ぶりなタンクがいくつも並んでいます。農家から集めれた牛乳は品質によって別々のタンクに入れられ、生乳向け、ハーゲンダッツなどの加工向け、バター、脱脂粉乳などの加工向けと細かく分けているそうです。時代に取り残されそうになった小型の設備が大いに役だっているわけです。


タカナシ乳業北海道工場

 浜中町農協では酪農技術センターのほかにも先進の取り組みを次々に行ってきました。その1つが新規就農をめざす人々のための研修牧場です。この設立のために農協は道庁に掛け合いましたが、補助金のメニューにないこともあって、まったく相手にされません。そこで浜中町と農協が費用を折半して設置することになりました。

 ところが道庁は畜舎建設のための農地の転用も認めないと言い出したのです。町の農業委員会が妥当だと意見書をつけて申請したにもかかわらずです。どうも道庁はいち農協が就農者育成にまで手を出すのがおもしろくなかったようです。そこで農協では裁判になっても仕方がないと覚悟を決め見切り発車で地鎮祭を行おうとしました。許可するという電話が来たのは地鎮祭が始まる2分前だったといいます。

 ホクレンとのあつれきも生まれています。タカナシ乳業の牛乳には浜中町産とはっきりうたわれているものがあります。ところが北海道ではこれまで牛乳の産地を前面に押し出すことは一部の乳業メーカーを除いてありませんでした。一元集荷するホクレンが一地域だけの突出を認めなかったのです。浜中農協はもちろんホクレンの傘下にあります。

 そのほかコンビニのセイコーマートを開店させたり、酪農に使われる薬品を直輸入したりと、この農協のユニークな試みが続いています。どれも一応はホクレンに相談し、不可能ということで独自の取り組みとなったものです。


浜中町の牧場は「森」で囲まれています

 こうしたユニークで先進的な浜中町農協の活動が私たちにあまり伝わってこない理由の1つには道内で浜中産牛乳が手に入らないことがあると思います。また道庁やホクレンなど北海道の中枢組織とのあつれきをおそれずに突き進むその姿が、けっこう煙たい存在であり、スポンサーがらみでマスコミも取り上げにくいのでは、と思うのは私だけでしょうか。

春秋ほっかいどう2004年冬号


良いものを 各地から