第9回 長ネギ −大野町・伊達市・南幌町−

フレッシュファミリーin産地

「大野の長ネギ」を背負って立つ

JA渡島大野 池上春樹さん一家

 函館の北西に広がる大野平野。池上春樹さん夫婦はここで特産の長ネギをつくっている。露地が1haにハウスが40aの合わせて1.4ha。ほかにハウスのレタスが30aとホウレンソウが40a。水稲も2haあるが刈り取りなど収穫作業はすべて他の人に請け負ってもらっているので、長ネギがメイン作物だ。

 手間のかかる作物である。播種、移植といった一般的な行程のほか、培土をして軟白化させなくてはならない。露地ではトラクターが使えるものの、ハウス内では手作業だ。さらに手間のかかるのが収穫、出荷作業。引き抜くのはトラクターに付けられた掘り取り機で行うが、これも露地だけで、ハウス内ではやはり手作業となる。

 掘り出されたネギは畑で根を切って作業場に運ばれる。それをコンプレッサーを利用した皮むき機にかけて上皮や泥などの汚れを吹き飛ばす。これをテープで束ね、箱詰めしてようやく出荷となる。

 池上さんの属するJA渡島大野は長ネギの生産が約10億円でコメに次いで第2位。3位以下を大きく引き離し、野菜の総額の半分を占めている。

 京浜地方を中心とした道外への移出が多く、生産量の半分以上を占め、その量は道内のJAでトップ。こうした実績が示すように、品質の評価は高いものがあるが、人手のかかる作物なのでさらなる量の拡大には限度があるという。

 池上さんのところでも夫婦だけではとうてい無理で、3人のパートさんに来てもらっている。しかしまだまだ人手は足りず、もう1人は欲しいところ。でも工場などが立つ函館市郊外という事情もあって、通年雇用できない農家がパートさんを捜すのは年々難しくなっている。

 「個選共販なのでまず全体の品質を高く保つのが今の標」と今年からJAのネギの部会長になった池上さん。当面は品質の向上で収入増を図ろうという考えだ。

 さて手間のかかるネギ栽培だが、良いところが一つあるそうだ。それはネギを扱っていればほとんど風邪をひかないこと。独特なにおい成分が予防に役立っているらしい。薬味の主役ネギは生産者にも薬効による健康をもたらしている。



イラスト 石川寿彦氏

食をめぐる冒険

作付け増える人気作物
産地も消費もめまぐるしく変化


  調製作業の機械化が相次ぐ

 フレッシュファミリーin産地での光景のように長ネギは手間ひまのかかる野菜である。特に収穫、出荷作業に時間をとられる。有珠地区農業改良センター(伊達市)によれば、10aあたり400時間を必要とし、そのうち掘り取りと皮むきに300時間も必要というデータがあるそうだ。そこでJAが皮むきなどの作業を肩代わりして農家の負担を軽くし、そのぶん長ネギの生産を増やそうという試みが各地で起こりつつある。

 JA伊達市では平成七年秋に皮むきなど一連の作業を自動化した新型機械を導入した。根の付いたネギを人手で並べてやるだけで根切りも皮むきも切断もすべてやってくれる。しかし全国初の導入だけに、この一年は調整に苦労してきたようだ。

 「データをとったり調整したりで1年かかりましたが、今年(平成8年)の9月からようやく本格稼働し始めました。日量820〜830ケースといったところです」

 とJA伊達市の早坂直芳・青果課長。この機械にかける期待は特別なものがある。皮をむいて出荷していた農家の負担を軽くするというだけにはとどまらない。

 というのは伊達市は長ネギの作付け面積が約140haと道内市町村ではナンバーワンなのに、JAが集荷するのはそのうちの40ha程度にとどまっているという事情があるからだ。農家はめんどうな出荷の作業を省くために畑から直接業者に持ち込んだり、畑ごと売り払って収穫・出荷作業は業者が行うというケースが多い。

 JAが導入した新型機械は業者に流れていた長ネギをJAに引き込むための切り札でもあるのだ。

 南空知のJAなんぽろでも平成8年、皮むき機を組み入れた集出荷施設を新たに建設した。ただし施設は農家個々が持っていた皮むき機にコンベヤーなどを加えてライン化したもの。2人1組で1人がネギを並べて根を切り、次の人が皮をむく。

 そうしたラインが6台あり、そこできれいにされたネギはベルトコンベヤーで運ばれ、別なグループによって箱詰めされるというシステムだ。

 JAなんぽろの長ネギづくりは、本格化したのが5年ほど前で歴史は浅い。水田転作作物の一つだが、特産のキャベツに続く重点品目として増産体制を築きつつある。平成8年の長ネギ(露地)の作付けは25戸で15ha。9年には6戸が新たに仲間入りし、作付け面積も大幅に増えそうだ。

 それもJAの集出荷施設が完成したためで、新たに着業した農家はトラクターに付ける掘り取り機や皮むき機を持っていないので、出荷作業は全面的にJAに頼ることになる。

 「これまでは個人で人を雇ってやっていたが、ここに出すことができる。作付けがもっと増えて全体で50haくらいになれば…」

 と畑からネギを運んできたJAなんぽろの石崎均ネギ部会長。水田9.5haとネギを1.7ha、キャベツを0.9haつくっているが、稲作と作業が重なることが多く苦労していたという。特に平成8年は雨の影響で掘り取り機を圃場に入れられず手作業で抜くことが多かった。現在も1人を雇って、皮むき出荷もしているが、JAの集出荷施設は頼もしい存在となった。

 JAでは50ha程度ではなくさらに作付けを増やす計画。西暦2000年には90haまで見込んでいるという。

 ただしJA伊達市のような自動化された機械ではなく、農家個々が行ってきた作業をラインで結んでシステム化しただけなので、いかに人手を確保するかがカギ。幸い札幌のベッドタウンとして南幌町内には新しい住宅地ができている。

 「子育ての時期に当たる若い世代が多いので、人手の確保はなかなか大変です。午前中ならできるが午後からできないとか、午後3時以降はだめだとか。6台がフル回転したことがまだないんですよ。でもこれは仕方のないことかもしれません」

 と原田登美夫・蔬菜園芸課長はことパートさんの労働の質についてはあきらめ顔だが、この施設の稼働で農家のネギづくりへの意欲に火がついたことはまちがいない。

  軟白ネギがトレンド

 JA伊達市やJAなんぽろ以外にも機械を導入して農家の作業の負担を軽減し、増産していこうという動きは道内各地で起きているようだ。

 はたしてこうしたネギの増産に見合う需要はあるのだろうか。札幌市中央卸売市場の丸果札幌青果でネギを担当する森憲行係長に最近の流通・消費動向を聞いてみた。

 札幌市場には露地ものは12月から春までは道外ものが入る。道内ものは4月後半から伊達の越冬もの(2年もの)が入荷し、そのあと十勝のハウスものに移り、7月中旬ころから栗山、南幌などの南空知のものが入り始める。

 その後全道各地から入荷、11月まで続き、雪が降りだして道外ものに移っていく。道内産の軟白ネギは冬と夏に出てくる。

 平成8年は春先からの低温、日照不足で生育が遅れ、9〜10月になってどっと入荷して例年にない弱い相場となってしまった。

 生育遅れで春先にまだ露地ものが出なかったときに、それに代わって利用されたのが軟白ネギ。例年の倍近い高値となった。

 軟白ネギは札幌の学校給食にも使われるほど。業務用だけではなくスーパーでも評判がいい。柔らかいのでお年寄りなどにも喜ばれていて、一度使うと高くてもまた利用するようだ。

 軟白ネギをつくるのは資材も必要だし高度な技術も必要。全道的に生産されているが生産量は伸び悩んでいる。

 しかし北海道の軟白ネギはその品質の高さから芸術品とまでいわれるほど。

 「ぜひ軟白ネギを増やして欲しい」と森係長はいう。

 ネギ全体の需要は少しずつ増えてきたものの最近は頭打ち。これから札幌市場をねらうにはより価格が期待できる軟白しかないようだ。

 この人気上昇中の簡易軟白、いわゆる軟白ネギはもともと伊達市立の西胆振農業センターで開発されたのだという。

 「昭和45年にこのセンターが開設された当時、ここの所長が土の代わりにモミ殻を使った軟白ネギを試作した。でも伊達には水田がないのでモミ殻の確保が難しく、道内のほかの地域や青森県などに普及していったんです」

 と同センターの佐藤哲廣試験係長は説明する。

 その後様々な簡易軟白の栽培方法が開発され、実用化されているが、同センターが5年ほど前にメーカーと共同開発し、特許も取得したのがエアーチューブで遮光する方法。ネギの高さ30センチ程度のところにフラワーネットで棚をつくり、その上にチューブを載せエアを送る。

 ネギの列の間で黒いチューブが膨らみ上部からの光が遮断されることになる。棚の周囲を通気性のある遮光フィルムで覆えば、完全な遮光空間ができるという仕掛けだ。

 このチューブには常にエアを送り続けなくてはならないが、小さなブロアー(送風機)一つで十分。チューブの下側にわざと小さな穴をあけておけば、遮光空間の中で空気の流れが生まれ、蒸れによる病害の発生を防ぐという効果もある。

 同センターではさらに一度膨らませば送風機がいらない完全密封型のチューブも試験しているが、これは高価な材質を使うので価格も高くなってしまうという。しかしこの新技術も地元よりも道南などほかの地域にまず広まり、ようやく平成7年になって地元の農家がハウスを建てて簡易軟白を作り始めた。

 「伊達は北海道一のネギの生産地で歴史もあるし量も多い。しかし軟白ネギでは遅れていて、開発した技術も地元に定着しなかった。ようやく役立つときが来ました」
 と佐藤係長。平成7年に9戸12棟から始まって8年には15戸45棟まで増えているという。 
  水田の転作作物などで全道的にネギの生産が多くなっているはいるが道内の需要は頭打ち傾向にある。

 ただし道外では特に夏場の高温時に道内ものが高い評価を得ているので、その時期に重点出荷できるような体制づくりが必要となる。

 しかし機械化や人手の確保が難問としてつきまとい簡単ではない。

 軟白ネギは需要の拡大が見込めて、価格も期待できるが、栽培は技術的に難しい。

 エアーチューブ方式のような合理化された新技術がこれからどんどん普及していくだろうが、そうであっても、農家自身の研究心や普及・指導体制が不可欠なようだ。


  「軟白ネギ」とは?

 長ネギの取材をし始めてとまどったのが呼び名。農家やJA、流通業者は、ただの長ネギと軟白ネギとに分けているが、辞書には軟白は軟化と同じで、野菜を培土などで白く柔らかくする、といったことが書いてある。

 すなわち普通の長ネギも軟白ネギということになる。

 話を総合すると軟白と呼ばれているのは、本来は簡易軟白という方法でつくられた長ネギで、ハウス内で土の代わりにモミ殻を使ったり、遮光フィルムをなどを使った方法。その簡易軟白の簡易という字がとれて単に軟白と呼ばれるようになり、普通の軟白ネギがただの長ネギになってしまったようだ。

 それに簡易軟白は柔らいために軟白の文字にぴったり。一方の培土でつくられた露地ものの軟白は一般に硬いので軟という字にそぐわない。

 そんなこともあって簡易軟白だけを軟白ネギというようになったらしい。

家の光北海道版 1997年1月号

良いものを 各地から